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旅の糧(2)

旅の糧(2)_e0296801_1153582.jpgアムステルダムへ到着するなり持ち金が湯水のように消えていった。と言っても主に俺が勝手にそう感じていただけだ。物価の安いインドからヨーロッパの先進国へ来たのだから当たり前の話だ。俺はアムステルダムで一番治安が悪いとされるレッドゾーンにあるクリスチャン・ユースホステルのドミトリーに泊まった。もちろん、とにかくそこが一番安かったからだ。
そこは売春街として有名な場所で、「こんな子が?!」と驚いてしまうようなとびきり可憐な容姿の美少女が、下着姿で飾り窓と呼ばれる売春宿の前に立っていたりするので、若い俺は動揺しまくりだったが、そんなことに使う金があるわけもなかった。

俺は日本食レストランの仕事を探した。
そうしたお店はアムステルダム内にもあったが、即戦力になる人を募集している、という話だった。また、以前働いていたロサンゼルスのようにたくさん日本食レストランがあるわけではなかった。
ちょっと考えればすべて至極当然のことなのだが、アメリカでは未だにまったく料理の出来ないような自分でも結構簡単に雇ってくれたので、勝手が違ってにわかに焦り出した。まだ世間知らずの子供だったので、その時まで自分が運だけに支えられてなんとかなっていたことに気付いていなかったのだ。
急に無力感と心細さに捉えられて臆病な本性が出て、こんな遠い異国の地で無一文になるのかと震え上がった。が、どうしようもないところまで追い詰められると「根性さえ出せばなんとかなる」という根拠のない盲目的な信仰にすがりつこうとするのも進歩のない俺の毎度のパターンだった。だから怖がりのくせに気が付くと無謀なことをしている、という愚行が繰り返されるのである。

インドで会った二人組みのイスラエル人の知り合いに路上でばったり再会し、彼らが露天商をやっているというので子犬のようについて行った。
こういう時の人間の強引な行動を受け入れてくれるような心の広さがイスラエル人にはある。ちょっとぼやかれることにはなるが、気が優しい連中なのだ。騒々しくて口の悪い、ゴロツキ風の若者が多いので評判が芳しくないが、彼らの誰もが物凄く人間味豊かなことだけは保証する。
市バスに乗ったので乗車賃が心配になった。俺が彼らに「お金があまりない」と情けない顔で言うと、何食わぬ表情で一言、"We don't pay."と答えられた。おかげで俺も安心した。彼らこそ最初からキセル乗車のつもりだったのである。

記憶が正しければアムステルダム国立美術館の下の通り抜け通路で彼らは店開きをした。他にも大勢の露天商が、その建物の真ん中にあって向こう側へ通り抜けられるようになっている薄暗い通路の中でずらっと店を並べていた。
友人達はアクセサリー売りをしていたのだが、「お前も何かやれ。」ということになった。何か持ち物でも売れよ、と言われたが、俺に売れるようなものなど何もない。なんでもいいんだ、ヨガとか大道芸とか歌を歌うとか何かやれることはないのか、と矢継ぎ早に次々アイデアを出してくる。
そこではっと思いついた。俺は元々体のいくつかの箇所だけ特別柔らかかったので、両足を首の後ろに引っ掛けて両腕で立って歩く、という器用な芸当が何の訓練も要らずに出来たのだ。
それを彼らに実演して見せると、どこから用意したのか、早速その場でヨガの教則本を何冊か道に並べ出し、俺にチャイニーズハットのような帽子を被せて、「私はインドでヨガの修行をしてきた東洋人で、ヨガのデモンストレーションをお見せする」というような著しくでたらめな内容の文章を書いた紙を用意して、前に投げ銭用の皿も置き、俺には「ここで通りかかる観光客らに自分の持ち芸を披露するように」、と指示してきた。
俺にその提案を断る理由などあるはずもない。一秒も迷わず即座に言われた通りやってみると、意外なくらいみんなが面白がって立ち止まってくれて、現地の女性達に話しかけられたり、小さな娘を肩車したドイツ人風の観光客が私の様子を8ミリカメラで撮影していったりと、結構な額の投げ銭があれよあれよという間に簡単に集まってしまった。
その動きが結構不気味だったのと、それをやっている俺の容姿がヨーロッパ人からしたら小さな子供のようだったから目を引いたのだと思う。
「これはおいしいなあ」と思ったが、最後には見回りの警官が来て逃げ出すはめになった。

旅の糧(2)_e0296801_3394479.jpg公園のフリーマーケットなどにも出掛けたが、ベンチに座って腕に注射器を突き立てているみすぼらしい姿の若者などを見ると、インド帰りでもっとみすぼらしく汚い格好の上にお金もない俺は、「自分もこんな末路になったらどうしよう...」などと暗い気持ちになった。
物価の安いインドでは半年ものんびり自由に寝泊り・食事・ショッピングが出来ていたのが急に物価の高いヨーロッパに来て不自由になったので、すっかり惨めな気分になっていた。そう、インドにいる間にただでさえ若くて世の中を分かっていない俺の勘違い度は重症レベルになっていたのだ。

ヨーロッパに興味はあったが、やはりこんなことをしているより、アムステルダムからニューヨークならそんなに遠くはないから、ニューヨークへ行ってまたアメリカで日本食レストランで働いたほうが早いし、確実なんじゃないだろうか、と考え直した。
とにかく一度行ったアメリカでなら仕事を見つけれる自信があったから、どうなるか分からない綱渡りで命をつなぐより賢明だと思い至ったのだ。残りの所持金がニューヨークまで飛ぶチケット代すらなくなる前に素早く決断しなければいけない、と思った。

by catalyticmonk | 2020-01-17 21:42 | 旅の糧 | Comments(0)


溢れ出る部分を勝手にやっています。異端者のあなた、多分私はあなたの味方か仲間です。 河元玲太朗


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