手術前日の夢
自分が今年の1月終わり頃に手術を受ける直前に書いた夢日記を再発見。
俺自身はあまり覚えていなかった。
今、読み返すと、たとえ夢であっても、こういう時の夢は、現実並に心に滋養を与えてくれるものだ。自分自身のための創造行為を無意識が行なっている、とも言える。
*
夢。
俺は都市郊外の南北に走る幹線道路近くの、木造平屋建ての粗末な長屋に住んでいる。
イメージとしては、俺の育った時代の愛知県尾張地方にある尾張中央道周辺の、片田舎に住宅街やスーパーマーケット、飲食店が点在する環境に似ている。
その狭くて暗い長屋に、彼女と同棲しているが、その女性を夢の中では俺は昔からよく知っている気でいる。どうもとても危険な女性らしい。
俺は毎日の暮らしと環境にとても辟易している。
女性と転居することになる。何か不穏な事情付きで。
今度は、東西に走る幹線道路が平屋の北側を走っている。この道路もおそらく国道1号線が愛知県海部郡の弥富辺りを通っているイメージだ。俺はその辺りに住んでいたことはないし、周辺の木々や植物、日の光の感じが現実より随分熱帯地方っぽい。平屋もなんだかオレンジ色の壁で南国風だ。
建物を挟んで幹線道路に面している所とは反対側の庭に出る。
南側は次の住宅地まで広々とした水田が敷地のやや下に開けていて、日当たりも良く開放的な雰囲気に、俺の気分は晴れ晴れとしてくる。
小さくても庭木が周囲を囲んでいて、もっと色々植えたなら素敵な和む空間になりそうだ。まだ敷地には芝生も植えていなくて、壁も地面も、目の前にある南インドみたいな家の古井戸も、なんだか全部オレンジ色がかっている。
俺は、もう覚悟を決めなければいけないと思って、古井戸の前で彼い女の手を握り、共にずっと暮らしていく決意を伝える。
どうも夢の世界でも俺はそういうことに慎重な男であるようだ。でも、ここまで来たら引き下がれない、言うべきことは言わないと、なんて考えるあたりも現実の俺の発想そのまま。
不器用ながら単刀直入な愛の言葉を告げ、彼女と手をつなぎ合う。彼女の方はそれに驚く様子もなく、当然だ、といった感じで淡々と受け止めていて、俺はホッとしたが、内心少し物足りなくもない。
彼女は唐突に庭に木を植えようと言い出す。
すぐに彼女に握り合った手をそのまま引かれて、家の西側の細長い通路を抜けて幹線道路沿いの北側の庭に連れて行かれる。
俺はこんな場所より南側の井戸の前がいいんじゃないか、と提案するも、彼女は強く確信に満ちた表情で「ううん、ここでいいのよ」 と言う。
見渡せば北側にも庭木はすでにいくらかあって、白いテーブルと椅子もある。そして、懸念事項である幹線道路側も、家の柵の上から見えてくる景色は熱帯地方の明るい雰囲気が満ちていて、ここもまんざらでもない寛ぎの空間になり得そうだ。
道を渡った先には工場か何かの境界木なのか、15メートルほどありそうな立派な木立ちが燦々と緑豊かに輝いて、葉で日光を受けながら聳え立っている。
そうか。俺たちは、ここで植えた苗があの木のように大きく育つまで末永く健やかに暮らすんだ。
北側なら植えた木が大きく育ち過ぎて南側の日差しを遮ることもない。そして、そうなるまで長らく健やかに俺と暮らすつもりでいる、彼女の静かな強い意志と、意外と慎ましやかな願いがゆっくりと伝わってくる。
なんて調子のいい夢を見た朝に家を出て、明日の手術に向け入院する。
結構素直に感動したので、ただの願望投影以上に内的癒やしがある夢だった気がする。
去年から4回目の入院で、付き添いは毎回誰もいない独り者なんだから、このくらい虫のいい夢を見ても許されるだろう。
天気が良くて、窓から富士山が見える。病棟の中は相変わらずシャツ一枚になっても汗が出てくるほど暖かい。
春にも夏にも秋にも入院したが、これでオールシーズンを通して徹底した温熱療法が、ガン病棟の基本としてあるのが実感できた。
夢の中で見た大木のように、日光をたくさん浴びて葉を実らせたい。
by catalyticmonk
| 2017-05-10 00:34
| 闘病日記
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