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アイドル視というやつ

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異性を容姿で中身まで期待したり称賛したりするのは完全に間違い。どんな美男美女でも最悪の悪党であり得ます。
この単純な真実から現実の人間社会がどれほど無明な事か。生理学的反応を理性的判断と混同して偶像崇拝し出すから厄介なのです。

生理学的な反応として相手の容姿に魅せられているのを、プライドや体裁を気にする習性が隠蔽して、その抑圧された興奮を別の事で表現して発散したがる。過剰に相手の行動を称賛して祭り上げたがったりする。
こうして偶像に群がる信者が生まれる。

それならまだ素直に、相手の容姿に惹かれたらそれをそのまま美人、と形容していた方が、変な弊害も減ってさっぱりすると思うのですが。「自らの興奮を隠した盲目的な衝動による、関係ない部分での偶像崇拝と盲従」みたいなものって、狂信的な信者を生みますから。

でも、美女を見て美人だ、と褒める事は女性存在の商品化という性差別だ、と怒るフェミニストもいて難しいです。
逆に「きゃー、イケメンく〜ん!」と率直に喜んでいる女性は、それはそれでいいのではないでしょうか。それをはしたない、どうこう、と言うのは、完全に前時代的な狭い了見で、しかも大概さもしい嫉妬から発している他者の感性への干渉だったりします。
そういうものが、ねじれたリビドーの抑圧を社会に生み出している、とよく感じるんですね。
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by catalyticmonk | 2016-11-17 20:21 | Comments(0)

人間関係が希薄化する現代社会とSNS

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〈SNS上でこっちが嫌がっている行為(個人情報をばらす、つきまとう等)や迷惑なコメントばかりしてきてムダにストレスの種なので、本当はいい加減ブロックしたいのだけれど、何故かSNS上では多くの人に支持されているプチ有名人ている。
ネットでもリアルでも、やっぱり他の人にもデリカシーのない言行連発なのに、何故か顔も広かったりして共通の友人も多いので、一方的に切ると角が立ちそうでなかなかブロックできない。
結構、みんなそういう相手がいるらしい。これもネット時代独特の現象な気が。

いったい、どの時点で切るんだろう?と思って見ていると、あり得ないくらい我慢している場合が多くて、ああ、日本人てこんなに横の付き合いを重んじるんだなあ、と忍耐強さを痛感。
でも、その反動でか、付き合いやつながりの浅い相手には、「えっ!この人がそんなことするの?!」って裏の現実も実際多くて、やっぱりもっとざっくばらんにできる社会風潮になった方が効率いいのになあ、とずっと思っている。〉


上記のようにFacebook上で、SNSでのブロックに関して自分が感じている事柄を率直に短く書いて投稿したところ、その話が私が具体的に意識した対象を遥かに超えて、幅広く適用されるモデルらしくて、いろんな反響があって驚いた。
もちろん自分が直接体験した外側にも同種の出来事が複数存在している、という印象もあった上で書いてみたものの、それが私が想像した以上に広範に存在する様子で、ネット時代の新現象の一つなんだな、と感じた。

不特定多数の人が、自分個人が知っている状況と何かを結びつけて連想しやすい性質がインターネットの、特にSNSなどにはあるし、日常的な人間関係の基礎設定に、SNSなどのIT文化が大きく食い込んできているので、リアルとはまた違った特殊な事情が急激に増えているのだろう。

ただ一概にリアルの方がいいとかインターネットが悪いとも短絡的には言えない気がする。
人と人の横のつながりが薄くなって、経済競争中心の社会だからこそ人々の相互不信や疑心暗鬼も強化されがちなのだけれど、都市部などの人口密集地では、リアルでこそ、個々の錯綜とした状況が明らかにならず、小狡い人間が暗躍している面がある。

今の時代は、人格障害者や犯罪的な人間が、不特定多数の集団を相手に他人を操りやすい状況が増えてしまっているけれど、逆に人心の操作は、咄嗟のリアクションでその人の人柄がすぐに透けて見えてきてしまうように、一対一の対話などの緊密なコミュニケーションでほど上手くいかないものだ。
どんなに地位や学識があって、万人が賛同しやすいような綺麗事を表向き語る人物であっても、個人的に接してみるとその人の内実というものはすぐに伝わってくる。
なので、SNSをサイコパスや人格障害者が扱う際は、個人間のやり取りを避ける特徴が表れるし、相対的には確信犯的にSNSでの発信を自分でしない率が高い、という報告が最新の心理学研究の幾つかでも為されている。

また、時間もなく、環境的・肉体的・経済的な制限があって孤立・分断されがちな個人が、インターネットの時代になったからこそ幅広い人たちとつながって、世界観や見識も広がっている、という気もする。
単純に、貧乏労働者で、情報も少ない地方に仕事で行って暮らしていたインターネット黎明期の時代の過去の自分を思い出しただけでも、それは明白なんだよね。当時、文化的な情報や、誰かとの直接的な意見交流の機会も少なくて、職場でも上司のパワハラに苦労していたから、どれほど八方塞がりな閉塞感を暮らしに感じていたか分からない。

リアルでのフラットな交流の場や風潮が社会構造的に増えて強化されていく、という方向こそが真の解決策であって、端的にインターネットだから陰湿なんだ、リアルだったら健全なんだ、と言えるような時代ではない、というのはあると感じる。
そうなると結局、社会構造を変える文化や教育、政治的な行動、という話に当然なっていくんだな。
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by catalyticmonk | 2016-08-16 00:24 | Comments(1)

条件反射としての強者の論理

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「……どんな健康な人も年老いれば色々ガタは来るものなんだから、健康に恵まれた家族ばかりで弱っている人を身近に見たことがない、のではなくて、お前がそういう人に関心を抱かないだけだろう?
だいたい今、『体の弱い人』って言葉のところだけ変な小馬鹿にしたようなイントネーションに変えて喋ったよなあ。
お前、自分が一生健康で、小さい頃に風邪で熱を出してもお母さんや他の家族や誰かに助けてもらったことが一度もなくて、永遠に生きるとでも思っているのか!」
そうカンカンに怒って怒鳴りつけました。

なんでそんなに腹が立ったかと言うと、私自身も当時、胃潰瘍になっても貧乏でまともに病院へも行けず、一年ほどボロアパートの一室で一人でウンウン唸っていたのですが、こちらのその状況を指して「君は最近調子悪いからあ」とこともなげに言い放つなど、彼の尊大さに前々からムッとさせられていたからです。
でも、やはり弱り目の時に負けたくない、という感情的な悔しさが、私をさらに荒んだ気持ちにさせていたのもよく覚えています。

病人や怪我人、障がい者などを、何故か自分より一段劣った存在として低く見る人たち、というものも残念ながら世の中には存在します。
そういう人たちも大概は表向き相手に配慮しているかのような発言や態度を取るのですが、根本的に相手を思いやってそうしている人と、ただのお節介なだけの人間の差というものは、当事者にはそれとなく伝わってしまう性質の事柄のようです。
相手が百も承知で、もっと細心の注意で四苦八苦しながら工夫していることを、大して知りもしない身で、一段上のところからわざわざ偉ぶった助言を加えようとしたりします。そして実のところ、相手の話はきちんと耳を傾けて聴こうとしない、という特徴があります。自分が言いたいだけだからです。

本当に相手を思いやっている人のそれは、理解不足や勘違いで的外れな意見を言うことがあっても、自分の意見を押し付けたいのではなく、あくまでその人の身を思っての発言や姿勢だったりするので、違いは歴然としているのですね。
相手自身の身の安全や健康には興味がないとまで行かなくとも、自身の意見や思い込みの方が大切な人のやることは、結局その人を無駄に振り回して余計に疲れさせるものです。

e0296801_15114795.jpgハンディキャップを持つ側の人も理不尽なことには黙っていなくていいのですが、同時に勝ち負けにこだわり過ぎると余計に無理をしたり意地を張ることになって、そのことで快復が遅れたり、余計に苦しむことになりがちです。だから、そういうエゴイスティックな人々とはなるべく距離を取ることも大切です。
また、そもそも勝ち負けにこだわる競争心みたいなものが、あまりに深く社会の根幹に浸透していて、競争社会で強くて元気な人間基準の世の中だから、自ずと弱っている人たちにそんな扱いを条件反射的に繰り返しがちな状況が積み重なっていくのだとも思います。

病気なら強いとか弱いとか関係なく、それ自体を治そうと努めるのが生き物としての当たり前の道理です。また、アルコール依存症や薬物中毒で心身が蝕まれているのなら、やはりそれは治療しなければなりません。
治療や療養、回復に努める行為を、周囲や本人自身が雑多なプレッシャーや騒音で集中できなくなってしまう環境では、社会全体の肉体や精神の健康も劣悪なものとなっていって、誰にとっても気持ちのいい暮らしの空間ではなくなるでしょう。

自分の優位性を保つための正義の主張など、今現在困っている人には迷惑なばかりです。
みんなが平等で、義務に縛られるのでもなく自然に少しずつお互いに支え合って、そのことで誰か一人二人が大きな負担を抱え過ぎない社会に向かっていってこそ、共生の空間としての社会本来の意義に適っていると私は思うのですが、相手自体に思いがないなら、せめて他人を自分の思い通りにさせよう、などと考えないことです。
それは、人間は皆動物として自身を守り生き永らえようとする存在ですから、無理にすべての人が利他精神の塊の博愛主義者にならなくてもいいのでしょう。
しかし、同じ空間の中で自分とは異なる人々と食い潰し合うことなく共生していくためには、いろんな人間の尊厳を尊重し互いの多様性を認めていく姿勢が必要不可欠なはずです。
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by catalyticmonk | 2016-05-11 21:13 | Comments(0)

言葉の暴力と話す内容のタイミング

聞かれたまま答えたことで、自分が疲弊してしまう話、というのも人間には色々あります。私なら、昔の離婚話を人から聞かれるがまま喋らされるとイヤ〜な気持ちになります。
その質問内容自体が言葉を発した人自身の価値観を示していたりもして、じっくりこちらの話を聴く姿勢がある方ならまだしもいいのですが、自分の訊きたいことだけ訊いて、後は関心がない、というふうだと最悪です。

個々人のプライベートな事情の背景には、ある出来事で連想されそうな事柄、イメージ以外に、その話なら、もっとこちらの事実関係の方が重要、と当事者が思う内容も様々にあるものです。
世の中には、DV夫から逃げているから、多額の借金を抱えた家族がいたから等の込み入った理由で、自分の過去を簡単には明かせない人間だってたくさんいるのですが、自分たちは狭い世界の中で、そうした不安もなく、ぬくぬくと暮らしている人々ほど、未知の設定と存在の他者に排他的で不寛容、思い込みによる悪意や嫌がらせ、といった行為を連発したりしがちです。

e0296801_16451269.jpg考えてもみてください、それほど特殊なプライベートな事情でなくとも、一般的なイメージだけで推論して正確なところがすべて簡単に察しがつくこと自体がかなり器用と言うか特異な偶然の一致を必要としています。真の最大公約数的な「普通の人」という存在は、実はまれな人間なのです。
なので同調圧力の高い日本では、それほど奇異な事情があるのでもなくとも、本人がわざわざ周囲に理解されやすいように「配慮して」事実を捻じ曲げる、という事さえあり触れた日常的精神生活に含まれてしまっている面すらあります。

破産したのは取引先の倒産に伴なう不渡りのせいで、自身に落ち度があった訳でなくとも、その人が何故破産したかまできちんと知ろうともしないで、元の奥さんと娘の人生を狂わせたダメ男みたいな、ありもしない、せいぜいがまったく別の理由による嫉み発で生まれたステレオタイプの噂だったりするものを簡単に信じて、嬉々として悪態を吐く。
そんなふうであっては、元は真面目な人でも、中にはアルコール依存症になったり、うつ病にかかったり、といったさらなる悲惨につながっていく訳です。

あ、これは私の話ではありませんからね。あくまでたとえ話です。
ただ、その人の何かを知ろうとするのなら、相手自身の言葉に耳を傾けなければなりません。だけれど、それが必ずしも相手が苦痛なく話せる事柄とも限らないのです。

そういった訳で、自身の好奇心や思い込みを増強するのに都合のいい一方的な質問だけは興味本位にして、後は裏で口さがないことを勝手に言うような連中とは、最悪な会話のテロリストです。そういう連中こそが差別や偏見の元も生み出すのだと私は思います。


人間はロボットではないから、言葉で精神の質もやり取りしている訳です。でも、その事実がないかのように、相手を質問責めにして問い詰める権利が自分にあるかのような口ぶりをする威圧的な人物というのもいます。
よりによってそういう人が組織や会社の偉い人だったり、近所の御意見番の問い質し方・メディアの取材姿勢だったりもします。余計にたまったものではありませんね。

だからよく知りもしない他人の事柄を悪し様に話題にして盛り上がる、というのが私はどうしても好きになれません。
いつも斜に構えていて必要もないのにすぐ毒舌を吐く人もたくさんいますが、自分を守りたいからって、他人をムダに傷つけていいものでもない、とも感じます。
人は、自分が思ってもみなかった方向から誹謗中傷されると傷付くし、バッシングって、見当違いな内容でも先に言われた側が自己弁護しているみたいな形になって、悪くもない相手を酷く追い詰めることがあるんですよね。

バッシングは、それが大きな報道機関などからでなくとも、思い込みや確信犯的な嫌がらせ行為で誹謗中傷する側が、何かしらその環境の中で多数派であったり、権力を持っていた場合ほど強力な破壊力を持ちます。
その最小単位は、家庭内の暴君的な父親のような家族単位から始まることが多いでしょう。

私も鈍感ではあるので、決して器用に相手が何を聞かれたら嫌か察するのは得意でない方です。
でも人間は、聞くと咄嗟に答えてしまったり、話し出したら辛くても途中で中途半端にできないような内容の事柄もある、と自分で身をもって体験してきたので、昔ほど何でも考えもなく聞かないようにはなりました。
基本的に、当意即妙な会話ができるセンスと機転の速さは持ち合わせていなくて、思いが人に上手く伝えられないので、その分、文章を書く癖がついた、というのが私自身の実際です。


ただ、面倒を避けていてばかりでも、何も相手に伝えられなくなって、余計に自分が辛い、という心理も社会的動物であるヒトにはあります。
深夜疲れてクタクタな時にチャットが入って答えたりしていると、あまり話したくないネタでもペラペラ書いてしまって危険です。
が、その反面、先に相手の知りたいことを話した方が、こっちが本当に話したい話もしやすくなります。なので、付き合い上の通過儀礼だと思って諦める時もあります。

いきなり話したら重過ぎる実話というのも人それぞれ大なり小なりあるものなので、だからこそ悩みを打ち明けられる親しい相手も人間には大切なのだと感じます。
虐待家庭や性暴力の実態、誰しも気付かないうちにたまに遭遇しているボーダーなど人格障害の人物から受ける、職場や交友関係でのちょっと信じられないような仕打ちなど、リアルに話していくとダーク過ぎてしまう話は実際たくさんあるんですよね。

ところがどういう訳か、そんな体験は自分はまったく体験した事がない、あなたがおかしいんじゃないの?くらいの反応をする相手も世の中には多い訳です。ですが現実にはこの社会はそんな素晴らしい理想社会でもない。
だから各人の置かれた立場境遇なりに、そのまま話すと聞く人がぎょっとするだろうし、相手が信じてくれないかもなあ、という思いがあって言い出しにくい事柄も少なくないでしょう。

重過ぎる話をする際は、その前振りに相手が関心持ったり喜ぶ話をした方がいいですね。
重過ぎる話、なかなか相手に理解されないかも知れなくて面倒なので黙っている話、実益上慎重に考えないと結局お人好しにペラペラ話した分だけ損する話、色々ありますが、とにかく効果的に伝える順番も肝心のようです。
私自身、それが未だに上手にはできないのですがね。

話って、人間にとってコミュニケーションそのものだけれど、受け取り方は人それぞれ違いますから、人を傷付けもするし、励ましたり救いもします。その人が持って生まれた言葉のセンスの限界すらある。
だから本当に難しいですよ。
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by catalyticmonk | 2016-02-16 16:56 | Comments(0)

自己責任論大国、ニッポン

世界で最も他人に冷たい先進国、日本
http://blogos.com/article/142286/

〈日本の世界寄付指数が90位と残酷な状況にある理由としては複数考えられる。寄付をアピールすることを良しとしない傾向、チップ文化の不在、ムラ社会を基盤とした文化背景、弱者救済を積極的に行うキリスト教の低い普及率、他人を思いやる心を醸成する教育の不足、長い不況にあえぐ経済、じわじわと高まる失業率、国力を奪う少子高齢化──いずれにせよ、世界で最も他人に冷たい先進国、それが今の日本なのである。

日本は生活保護などの貧困対策への反発が高い国である。前回のエントリのようにひとたび生活保護の充実を訴えれば、自己責任論が幅を効かせることになる。民間による支援の受け皿が発達している欧米と異なり、日本では民間支援を期待できる状況になく、文字通り行政による支援が最後の砦となっている。〉
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以前にも、これと似た主旨の指標が出ていましたよね。

自力で生活できない人を政府が助ける必要はない!?日本38%・アメリカ28%・中国9%の衝撃
http://matome.naver.jp/odai/2135247523439781401

e0296801_11403258.pngアメリカのシンクタンク『The Pew Global Attitudes Project』の2007年の調査結果では、「自力で生活できない人々を国家が助ける必要があるか」という質問に対して、「助ける必要がある」と答えた日本人は59%。
つまり、「助けてあげる必要はない」と判断する日本人は約40%に達しているということになり、「自己責任論大国」と呼べそうな土壌が透けて見えてきます。
先進国の中で、その第2位はアメリカで28%。
アメリカは毎年多数の移民が流入する多民族、多文化の国家であり、自由と自己責任の原則を社会運営の基軸に置いている、とリンク記事の解説にはありますが、ヨーロッパの社会保障の手厚さと比べれば、同じ西欧社会でもアメリカ人とヨーロッパ人では一人の人間の命の重みは違うな、と私も以前思ったことがあります。
日米以外の国におけるこの「自己責任論指数」的な値は、どこも8%~10%。
イギリスでもフランスでもドイツでも、中国でもインドでもブラジルでも同様で、洋の東西、南北を問わない。つまり、困っている人がいたら助けるのが当たり前、と考える人間が9割くらい社会の中でいるのが、世界中の人間社会の通常の姿な訳です。

「困っている見知らぬ人の手助けをあなたは先月しましたか?」というアンケートで、社会的援助の国際比較をしたデータもありますね(http://matome.naver.jp/odai/2135247523439781401/2135248430240912503)。
日本がぶっちぎりの最下位です。
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また、暗いテーマばかりにはなりますが、日本はネガティヴデータの隠蔽を社会規模でする体質があると思っています。
自殺者数は毎年3万人前後とされ、自殺率で世界トップクラスとされていますが、これ、露骨に数字の嘘があるんですね。
日本は遺書がない場合は自殺にカウントされません。変死として処理されます。
日本には年間15万人ほどの変死者がいますが、WHO基準ではその半分を自殺者としてカウントするので、世界基準で公表すべき自殺者数は、公に報道されている3万人+15万の半数で、自殺率を国際比較するのであれば10万人と仮定すべきです。ですが、こう計算すると世界トップクラスの自殺率どころか世界一の自殺率となって、実に他の先進諸国の10倍の異常な自殺率の高さとなってしまいます。
どこで誰が何の意図でそうしたかといった事柄を憶測だけで断定はしません。ひょっとしたら日本人の「事なかれ主義」も一因として影響しているのかも知れません。
いずれにせよ自殺率の国際比較のデータの扱いに於いて、そういう明白な矛盾は現に存在しているのです。
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「統計調査の方法には、日本に不利な点が見受けられます。
金銭ではなく、役務や物資支援であれば常総市の洪水にも見られたように世界で最も相互扶助ができているのではないでしょうか。
欧米人は寄付で自己の社会的な地位を誇示しますが、日本人は謙虚です」
そのような主張もあって一理あると感じましたが、この国は従順で秩序立っている部分でも世界トップレベルなのだと思います。それが日本が経済大国になったことと同時に、世界有数の自殺率の高さであることともつながっています。


いくらかは海外生活もしたことのある私の印象としても、だいたい実感通りのデータです。
世界有数の経済大国で、物価も平均寿命もほぼ例年世界トップ。言うなれば、世界で最も物質文明が発達した都会型社会なのが日本です。この70億人が暮らす地球の中で、日本人に生まれることは、良くも悪くも本当の本当に特別なことなのです。
その、現代の物質文明の発展と豊かさを象徴する国が、精神的には危機的な状況にある、というのは、冷静に考えたらそれほど意外なことではない気もします。

別に私は誰かを嘲り笑いたくて、こんなデータを列挙しているのではありません。この社会で虐げられ苦しみ悩んでいる人たちに、自分を否定しなくていいですよ、疲れたら休んでもいいし、おかしいと思ったらおかしいと言ってもいいんですよ、とまず伝えたい思いが大きいです。

だから、その現実を自覚した上でどちらに舵を切るか次第ではないでしょうか。


一応確認させて頂きますと、大切なのは、無論ただ嘆くことではありません。美化されたり建前で隠されてきた部分を直視した上で、これではおかしいから変えようよ、変わろうよ、これが当たり前でいいはずないでしょう、と声をかけ合って、助け合いと変革の動機とするところにあると思っています。
例えば、国民主権や個人の尊厳・自由、目の前の暮らしがどんどん侵害され過酷な状況になっているようには感じている市民が、でも、とりあえず、これまで通りの政府でいいや、他の野党はよく知らないし、という発想でいたら前に進めませんよね。ただ臭いものに蓋をして、そこにあるはずのない理想状態をすでに達成しているかのように思っていては何も始まらないんです。
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by catalyticmonk | 2015-11-04 01:14 | Comments(0)


溢れ出る部分を勝手にやっています。異端者のあなた、多分私はあなたの味方か仲間です。 河元玲太朗


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