カテゴリ:忘れ物( 106 )

「神」という呼び方についての私見

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たまに、人から神なんか信じて何になる、みんな病気になるし、世界中の人々は憎み合って戦争し続けているじゃないか、などと言われるんだけど、別に端からそんな次元の話じゃないんだよな。

神を信じている、という事は、一言で言うなら「目に見えない価値を信じている」という事だ。政治的な次元とは一緒に出来ないけれど、各々の心の内面のあり方としては重要になってくる。

それは有難くて愛や感謝の気持ちも含まれた「何か」なんだけれど、形がなくて掴みようがない。
一々議論を挑まれてもね、最初からそんな性質や対象のものですらないんだな。
だから、頭でしか捉えていない人は極力放っておいて欲しい、と感じるよ。

そりゃ、癌とかなったら死にたくない、と思うし、逆に理不尽な事柄が解決されずに山積していたりすると、正直、もうしんどいから楽になりたいと感じる事もある。
だけど、なんだろう、基調は楽観主義者みたいで、本当の絶望というものがない。

でも、ただ図太くて不安を感じない訳でもない。やっぱり世界には、最後のところでは目に見えない、自分の人生の視点からだけでは計れない価値が存在していると信じているんだよね。
それは理屈じゃない。

その根拠となるような体験は時折訪れるけど、他に言葉に形容しようがないから、一先ず人間社会にある「神」という表現を当てはめているだけなんだな。
頭で考えたって始まらない、感じるしかない何かがある。
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by catalyticmonk | 2017-08-16 00:33 | 忘れ物 | Comments(0)

従順な冷酷

e0296801_08104602.jpg凄い。この社会の根本的欠陥をたった一枚の写真で明示している(出典:https://matome.naver.jp/odai/2150227854541182801/2150262532309655203)。
甲子園の開会式で熱中症で倒れる生徒がいても全員無関心。

情けや自己判断より、与えられた命令に従う事を最優先。自分の役割の外の事柄には傍観視で極力関わりたくない従順で姑息なロボットの大群。
これらの特徴は、広く一般社会に見受けられる現象なので、この高校生達は社会の空気に準じているだけだろう。

◆こうした脈絡の日本社会の通常運行として他にも顕著な点

①みんなで一斉に賛同したり罵倒する機会を待っている。集団で大喜びしたり、憤激したりする熱狂が大好き。と言うか、そういう機会がないとなかなか羽を伸ばせないので、その際に一気に爆発しやすい。
②独自の意見や行動の人へはどう反応していいか迷い、その存在が不安を与えるので目障りに感じがちで、ついついいじめたくなる習性もあり。

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by catalyticmonk | 2017-08-15 21:09 | 忘れ物 | Comments(2)

生命倫理としてのガン

e0296801_23423211.jpgガンとは、細胞の無限増殖という、身体の統合性を破壊する暴走だ。
彼らも生きたいが私も生きたい。

「細胞」という個が、「身体」という生態系であり社会である単位を無視して暴走していく結果として、その生態系単位そのものが、暴走する細胞と共に崩壊する。

まるで独裁者と国家、搾取行為と市場、地球生態系と人間の環境破壊のようではないか。そこに身体の健康から経済構造、自然生態系までに至る一つの生命倫理が存在するようにも思える。
それぞれの単位が己れの命を楽しみ真っ当していいが、自身を包含する環境を破壊しては誰のためにもならない。
また、全体を成立させている個々の生命単位が不健全で不幸であっても立ち行かない。

社会の大義のためなら個人の健康など取るに足らない事で、人間様の経済発展のためなら、信奉する主義主張、信仰のためなら、自然環境や他の動植物の命なんて二の次、といった発想。それらはどれも人間の、断片的な視野が生み出す倒錯なのだろう。

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by catalyticmonk | 2017-08-03 23:47 | 忘れ物 | Comments(0)

自己アピールとひがみ

自慢や自己アピールの何がいけないんだよ。それを揶揄する側の方がひがんでいるし、浅ましい下世話さだろう、といつも思っている。
自分で自分をこういう人間だ、と主張して、こうやったら面白いんだよ、楽しいんだよ、とインド人でも西洋人でも、なんか普通に堂々とするよ。そっちの方が建設的だし陰気じゃないでしょ。

自慢や自己アピールがよくない場合はさ、相手に逃げられないような状況を作ってから押し付けるようなやり口だよ。
日本人は、明るい前向きな自己アピールはしないで、人の足ばかり引っ張る習性が色濃い癖に、そういう手の込んだ押し付けは好んでする。そっちの方が卑怯で浅ましいと私は感じるのだけど。
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by catalyticmonk | 2017-07-21 20:37 | 忘れ物 | Comments(0)

自己啓発本の罠

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「トンデモさん」とも相関性のある話だが、自己啓発セミナーとか自己啓発本ブームも相当胡散臭い。

ただ、本質的なところを言えば、精神的価値の意義ももちろんその人のTPOに応じて実在するので、程度問題だと思う。確かに内面の幸福が肝心で、外形的な物事に囚われ過ぎて不幸になっている状態から心理的な平穏を見出すための健全な考え方や生活習慣方法というものはある。

でも、外部の他人に相談させない、参考文献をあげないで自分の言葉の値打ちを上げる、といった手法なら、それは確信犯の商業的詐欺のトーンを懸念すべきだし、仕事で受けるパワハラを人間関係に不安があるあなた、みたいに全部内面に置き換えていくよう仕向けて、結果、より良い職場を探して転職するなどの現実的な対処をしり込みする人間をつくったら、それも倒錯な訳だ。

最近のお手軽な心理学書は、後者の商業的詐欺、よく言ってキャバクラのようにお客に疑似恋愛などの幻想で一時的幸福をお金と引き換えに与えるサービス業の一種みたいなものがゴマンとあるように感じる。
心理学書の体裁を取っているものでさえそうなのだから、漠然とした自己啓発本の全体は、もっといい加減だろうと思う。

そういうものは、本質的なその人の解決能力を後押しするのではない、一時的な精神安定剤のようなものだ。
かえって読者なりセミナー信奉者を終わらない青い鳥探しをする受け身の精神構造の堂々巡りにとどめてしまう弊害もある。無益に長く続く葛藤を相手に刷り込んでしまう面も強いと感じる。

それでも人間の精神性全般に対するニヒリズムは、自暴自棄な生き方を招くだけだ、と当然の事はきちんと理解しておくべきだろう。強調しておくべき点を言い添えるならば、自分自身の中で積み上げていく本当の哲学や信仰の選択であれば、それはその人自身の主体的変化・成長だ。どういう方向性に向かおうとも他人が口出しする性質のものではないし、詐欺的精神代替物とは似て非なるものだとも思う。

しかしながら、昔から私の周囲にいる人達で、自己啓発本や自己啓発セミナー流の洗脳主義的な扇動に振り回され、かえって強迫観念的な混乱や葛藤を抱えていたり、同じようなところをグルグル回っているように感じる人が後を絶たない。
エホバの証人にも一時期入信していた私の実母からして、そうした傾向が顕著だった。そして、他の誰でもない私自身が、自己啓発セミナー的な社員教育のある建設業界の重機レンタル会社に入って、散々な目に遭った経験がある。

また、私でも自己啓発本に心酔している最中の人達個々人に直接何か意見するのは難しかったりもする。自己啓発本に書かれている内容の一個一個はありふれた常識的な正論だったりもするからだ。
特定の商業利益や奇妙な偏見に結びつけられていても、惹きつけられる人は全体を吟味しない傾向が顕著なので、知らないうちにそうした歪みや混乱の影響を受けて、未整理な思索がやがて別の葛藤の袋小路に至る。繰り返していても本人達は気付かない。だいたいそういった図式が見える。

こうした現象は、現代社会の精神文化面での危機と直接リンクしているようにしか思えない。
その社会的な背景のもとに似非精神代替物でお金儲けをしようとする動きも、カルト宗教とひとつながりな弊害だ。

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by catalyticmonk | 2017-07-21 20:00 | 忘れ物 | Comments(0)

自由と命の爪跡

e0296801_02212372.jpg若い頃、よく旅をした。
知らない土地の風情や見知らぬ人々との出会いが、私に明るい解放感を運んできた。
ただ、自分が目にし体験して得たものを、思い出として語るだけでなく、誰かと共有したい、という気持ちにもなった。

それが普通の人なら故郷への望郷の念になったりするのだろう。
ところが、私には異国に何年も住んでも本当にその感情が起きなかった。懐かしく思い出せるほどの甘美な記憶がなかったからだし、目の前の暮らしが充実していたからだろう。
だけれど、喪った過去の日々に想いを寄せるのが望郷心の重要な要素であるのなら、似た感情は体験した記憶もある。

大阪で会社の夜逃げ倒産に遭った後、生活に困って仕方なく三重県の山奥に就職し暮らしていた頃、何年もただお金のために好きでもない事をして、しかも身動きが出来なくなっていた。楽しい事もなく、見知らぬ土地に一人であって、休日に緑豊かな湯の山温泉で絶景を眺めながら温泉に入り、食事をしていても、虚しさはちっとも消える事がなかった。
だから、鈴鹿山脈に沈む夕陽を見つめながら、世界中を自由に飛び回った若き日や東京での暮らしを思い出して、涙が出ないほど切ない気持ちになったのは、とても自然な事だった。

今の私は病気とは向き合っていかなければならないものの、あの頃に比べたらずっと幸福だ。
寂しい気分は、何か無念な気持ちが湧くと一層深くなるものだけれど、やはり社会的な動物である人間として、健康面も含めて社会に爪跡を残したい本能なのかな、と時折思う。

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by catalyticmonk | 2017-06-19 00:11 | 忘れ物 | Comments(0)

忘れ物

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今の日本だと、みんなキャッチーなフックのある短い言葉だけに反応して、相手の言葉の奥を吟味するゆとりがどんどんなくなっている気がする。
情報過多だし、忙しい暮らしだから、必然的にそうなる、という要素も大きい気がするんだけど。

でも、理由や原因が何であれ、個人が自分の心と頭でしっかり物事を感じ取らなければ魂そのものが痩せ細っていってしまう、というのは強く感じていて、何でもかんでもコンパクトにキャッチーに、という文化が危ういとずっと感じているね。
IT文化の負の影響も絶大で、読書をしながらじっくり思索や想像力を膨らますよりも、ツイッターとか、音楽や映画業界が衰退しているのも異常。
なんか利便性が行き過ぎて、ちっとも合理的でない時代に入って来ている気がするんだけど、それが堕落した表現だと思われていたアールヌーボーがまた見直されたみたいに、欠けているものに気付く前触れだったらいいな。臨界点てのもあると思うんだよね。

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by catalyticmonk | 2017-05-23 23:06 | 忘れ物 | Comments(0)

いいじゃんか、ちょっとふっくらしたくらい

別に好みの問題で浜崎あゆみの歌なんて、昔から一ミリも興味なかったけど、それでも公平に言って全然普通に綺麗だと思うんだけど。
なにさ、女子プロレスラーって。女子プロレスラーにも失礼でしょう。いつも思うのは、日本て美の基準が物凄く画一化されているなあ、と。

世界中、いろんな人種や文化、体形の人がいるから、その中で好まれるビジュアルやファッションも幅があるのに、日本だと狭いから、その基準が。
で、流行りが変われば、またどうせ一斉につい数年前まで持て囃していたものが廃れるんだ。

なんで男性も女性も顔や風貌が同じ系統ばっか持て囃されるんだよ。
ちょっと派手めだと「ケバくて頭悪そう」とか、髪の毛が長い中年男性はチンピラか卑しい(という偏見付きの)「貧乏人」だとか、ちょっとふくよかな女性はもう「激太り」だとか、なんだかな、って。
なんで、みんながほっそりして、彫の深い濃い顔じゃない童顔の子ばかり持て囃し、女性自身もそれを必死で追求しているんだか、私には意味不明です。

いや、自分もスラヴ系のほっそりとした顔の系統が好みだな、とか好ましく感じる個人的な傾向はあるんだけど、そういうものの幅って、もっと自由にあっていいじゃん。男が40代になったら、みんな厳つくしてなきゃいけない訳でもない。

インドの伝統的な基準だと、女性はこれくらいふくよかじゃないと魅力的でない、とされている場合が多い。
昔の浜崎あゆみと、この今の写真を並べてどっちがいいか、聞いてみたらいい。大概のインドの庶民は、今の顔の方が魅力的だ、と女性も含めて言うはず。

例えば、パンジャーブ地方はインド人の中でもアーリア人の血が濃くて、そういう血統で現代的なファッションの若者だと、もう何人だか分からない。で、そういうパンジャービーのギリシャ彫刻みたいな精悍な顔の青年が、日本の基準で行ったら純然たる肥満体形のコロンビア人の女の子見てメロメロになっているのを見た時があって。「あ~、やっぱり美の基準て広いなあ」と自分の感覚の限定性を痛感したもんね。

こっちは今抗がん剤治療で一日一食でも太っていくから、ダイエットしたくても空腹が酷くてね。運動しようにも動くと投与間もない期間は具合悪くなるから。薬はまた人工的な行為だから、自然治癒のように適度なバランスを保てる訳ではない。だから、意識的努力も必要となる。どちらにしても治すためなんだから我慢するしかないし。
そういう個人個人の事情があってそれぞれだから、取り敢えず太っていてはダメとか、痩せるのはダメとかいった変なプレッシャー抜きがいい、と言う話だよ。

浜崎さんは突発性難聴で、ステロイド投与をしているのなら副作用で太る場合もある。
結局個人個人の優先順位もある。浜崎さんが抗がん剤投与で太る私と同じようにステロイド投与で太っているのなら、なおのことそれは仕方ない話でしょう。

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by catalyticmonk | 2017-05-23 22:37 | 忘れ物 | Comments(0)

死を忌み嫌うマナー

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5月14日付の朝日新聞の記事に「(声)喪服で飲食店はマナー違反?」と題されて、以下のような記事があった。

〈少し前のことになる。親族に不幸があり、私は愛知県東部の郷里を訪れた。告別式は正午前に終わった。空腹を感じたので、駅ビルの2階にあったすし店に立ち寄った。店長の異様な視線を感じたが、そのまま食事を済ませた。店の外に出た途端、店長が若い店員に怒鳴る声が聞こえた。「塩をまいておけ!」 

どうやら、私が喪服を着ていたのが気に入らなかったらしい。縁起でもないと思ったのか、ほかの客への配慮なのか。うかつだったかもしれないと思いつつ、それなら「申し訳ございませんが、ネクタイだけ外していただけないでしょうか」とひとこと言ってほしかったとも思った。 

以来、喪服で飲食店に入るときは黒ネクタイは外すことにしている。だが、一方で思う。電車やバスなどでは喪服の着用をとがめられたことはない。公共交通機関では許容されることが、なぜ飲食店では許されないのだろうか。 

誰でも、身内や知人の葬儀に駆けつけることはあるはずだ。喪服は、そこまで忌むべきものだろうか。〉


死を忌み嫌う民間風習故の塩まきの儀式だけれど、私の郷里でもある愛知県は全体的にそういう事柄に偏狭なところがある地域性なので、これに類似した変な出来事は多いかも知れない。
ただ、葬式を行なう仏教寺院側の解釈は、死者は仏の修行の旅に出る者だから、それを忌み嫌うのは仏を忌み嫌うことである、として、こうした解釈を取らないよう。あくまで、死を忌み嫌う民間の俗習であって、マナー違反ではない。

そもそもが死を忌み嫌うマナーなどといったもの自体が、死にゆく存在である人間の妄念ではないだろうか。
今、癌闘病の真っ最中の人間の入院先に見舞いに行くのに喪服姿で駆けつけるとか、確かに特定の状況下では非常識とも思える形になる場合もなくはないだろう。だから一定の他人の心情への配慮があってもいい気がするものの、本質的にそれが公共性のある合意として強く他者に強要され得る正当性を持つものとは思えない。

個々人によっても解釈が異なる心理的なものを「マナー」云々と主張して、地元の人同士でも揉めているパターンが愛知県では珍しくなかった。
そうした問題はマナー意識全般にあるような気がする。自分の価値観や感覚・信条を他者に押し付けるのに「マナー」である、という主張が過剰に使われがちなのだ。そして、元々閉鎖的だったり保守的だったりする土地柄や環境だと、こうした問題が多発しやすい、という理屈のようだ。
死を忌み嫌う民間の俗習自体は古くからあるものな訳だが、今の時代は、日本全体がそういう大らかでない方向に進みつつある気が私はしてならない。

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by catalyticmonk | 2017-05-15 00:58 | 忘れ物 | Comments(0)

精神論の適用可能範囲

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先程の会話。
「大切なのは鈍感力!粘らないしなやかさ!」
「鈍感な人が鈍感力鍛えてもなあ。敏捷性はないし」
自分のことね。相手の感情をその場で読み取るのが遅い。

それを補うために相手の行動や発言をじっくり観察する癖がついた。ただし、それはその場その場で即発揮される臨機応変さではなく、事が起きてから物事を観察する非常に反応の遅い方法だ。
これをやらないと、私は人間としてほとんど機能しない。
鈍感力で上手くいくのはいいことだけれど、繊細だったり、掘り下げる性質の人も、それぞれの個性だからね。

私は虐待やいじめを受けて育ったんで、弱者やマイノリティーの人への世の人の差別や横暴って、よく考えていない軽はずみさからたいてい生じる、と感じている。
そこに何かをしっかり言って行こうとしたら、踏ん張って粘らないといけない面もある。

ただ、心が強ければ、その場その場で間隔を空けながらでも、繰り返し少しずつ粘っていけるだろう。
そういう、短絡的でない、地道なアプローチを古今東西の聖賢は語ってきていて、やはり一定の人間の知恵が帰結する道理はその辺りにバランスを見出しているのだとは思う。

でも、私の見てきた限り、人それぞれの持って生まれた性質の差は大きくて、まさに個性なんだな。
このやり方でやると上手く世渡り出来る、と言い切り過ぎても、結局、永遠にある種類の個性の人達の多様性が否定されたままの社会になる。

結局、両方必要なんだと思う。
踏ん張り過ぎたら折れるからしなやかさは大切だし、何かをしっかり言っていこうとしたら、踏ん張って粘らないといけない面もある。
お気楽で行こうとすると、そこをスルーしてしまいがちになる。
また、個人の内面が楽に生きる方法としては、生きている者は色々、欲や執着だから、そこから意識を切り替える軽やかさが肝心だろう。

そして、精神論は、絶えず限定的な仮定でしかない、という点も忘れてはならないと思う。
そうでないと、その人に合わない紋切り型の価値観を押し付けられてとても苦しむ人がいる、というのも私はよく知っている。
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by catalyticmonk | 2017-05-14 01:41 | 忘れ物 | Comments(0)


溢れ出る部分を勝手にやっています。異端者のあなた、多分私はあなたの味方か仲間です。 河元玲太朗


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