カテゴリ:言論の自由と情報リテラシー( 4 )

高校生のデモや集会、学校への届け出制認める 文科省

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高校生のデモや集会、学校への届け出制認める 文科省
http://www.asahi.com/articles/ASJ1Y55J0J1YUTIL03P.html

「校則で縛ると、生徒が萎縮してしまう」、まったくもってしてその通り!!!
「学校は勉強の場なので、校則による禁止も踏み込み過ぎとは思わない」って、馬鹿なことを言ってもらっちゃ困りますよ。高校生だろうがなんだろうが政治のことを考えるべき主権者なんですよ。
それに、18歳からの選挙権。有権者がデモ参加などの政治活動を通じて政治のこと、この社会で起きていることについて知る権利は当然あるし、有権者なら正しく知ろうとしなければならない。
無責任に闇雲に何も分からず投票だけすればいいんじゃないんです、民主主義国家なのに、文部科学省は何を言っているんですか!!!
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by catalyticmonk | 2016-01-30 23:08 | 言論の自由と情報リテラシー | Comments(0)

朝日新聞バッシングと「正義」の取り扱いについて

作家の高橋源一郎さんが朝日新聞で連載している「論壇時評」の中で、ベルリン滞在中のアメリカ人作家スーザン・ソンタグ氏の発言を取り上げられています。
彼女は2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの直後に、
「まず、共に悲しもう。だが、みんなで一緒に愚か者になる必要はない。
テロの実行者たちを『臆病者』と批判するが、そのことばは彼らにではなく、報復のおそれのない距離・高度から殺戮を行ってきた者(我らの軍隊)の方がふさわしい。
欺瞞や妄言はなにも解決しない。現実を隠蔽する物言いは、成熟した民主国家の名を汚すものだ」
0Aと率直に書いて全米で憤激を巻き起こし、「アメリカの敵」を擁護する「売国奴」と見なされ、殺害予告をされるまでに至った方だそうです。
やっぱり怖い国ですね、アメリカ。


ソンタグ氏「自分が大切にしている諸権利やさまざまな価値の相克に、私は取り憑かれている。たとえば、ときとして、真実を語っても正義の増大にはつながらないということ。ときとして、正義の増大が真実の相当部分を押さえ込む結果になるかもしれない、ということ。(略)
私自身の見解は、もし真実と正義のどちらかを選ばざるをえないとしたら――もちろん、片方だけを選ぶのは本意ではないが――真実を選ぶ」

この場合の「正義」というのは、恣意的な裏の意図の表面的な理由付けとして悪用される「正義」のことを言っているのでしょうね。
それでは正義じゃなくて偽物じゃないか、と思われる方もいるかも知れませんが、正義というのは個々の立場ごとに視点も違えば価値観も変わってくるので、ここから先が明確に「偽の正義だ」という線引きはなかなかし難いのだと感じます。
ですから、そうした状況に置かれた時に、それでも「真実」に従うことが欺瞞的な状況と議論を喝破する道である、と彼女は語りたかったのではないか、と私は想像します。


安倍首相は非常に彼の品性に相応しく、朝日新聞の社長を海外に引き回ししてまで謝罪させようなんてゲスなことをやろうとしているようですが、だったらあなたの太鼓持ちをして普段から偏向報道しまくっている、読売でも産経でも日経でも他の報道機関にも同じように謝罪させたらいいじゃないですか、と私は言いたい。

慰安婦問題の吉田証言、東電の吉田調書と、朝日新聞の訂正と謝罪が遅すぎたのは確かですから別に朝日新聞がいいとも思いませんが、「売国奴」とか「反日」という言葉を使いまくって執拗に政府寄りの偏向報道を垂れ流している他のメディアが叩き続けている状況の意図は言わずもがなですよね。
こうやって自分達に都合の悪いことがあるともっともらしい理由を見つけてきては集中砲火するのは日本社会の常套手段です。高い協調性を誇る社会という美徳の裏側にある、集団圧力の激しい日本の陰湿な側面です。
他の報道機関はどんな虚偽の報道をしていて、その中でなぜ朝日新聞ばかりをこれほど叩こうとする意図が働いているのか、そしてそれが日本という国にとってどれだけ危うい扇動なのか、という「真実」こそを、私達日本人は表面的に喧伝される「正義」だけを無思慮に受け取って振り回されずに見ていくべきなのではないでしょうか。
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by catalyticmonk | 2014-09-26 09:48 | 言論の自由と情報リテラシー | Comments(0)

「あいつら、同じことしか言わないよな」

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「あいつら、同じことしか言わないよな」というのが、批判として成立すると思っている人が多いのは不思議だ、という意見をツイッターで見かけました。
社会問題や政治に限定しなくとも、本当にそうした感覚の人々は世間に多いと私も痛感しています。
そういう人達は、ずっと同じ弊害が継続していることこそ問題なのに、長いものには巻かれろ式の発想なので、長期間変わらない現実には、既成事実として当然従うべきだと思い込んでいるんですよね。

で、「じゃあ、あなたはどんな考えなの?」と訊くと、酷く曖昧な答えか、テレビや電車の吊り広告に載っている週刊誌の見出し文句そのままのことを言ったりして、さらに鋭く突っ込むと狼狽して、仕舞いには「あなたの意見はごもっともです。私も同意見だったんですよ」くらいのことを臆面もなく言い出す。私はそんな人に結構会って来ましたよ。

でも、ただやりこめたって仕方がない。問題はそういう人達が現実かなりの割合でいて、選挙の時には既存の保守勢力からはそれほど大きく離脱しない、自分一人で独自な判断を下さなくてもいいような選択肢の中から候補者や政党を選び、その判断が難しそうな場合には投票する行為そのものを面倒がるという、この徹底した政治への主体性のなさが世の中に蔓延していることのほうです。

この現実が大きいので、とにかくそうした人達にも広くアピール出来るよう、既成権力に真っ向から立ち向かっている印象のある共産党や社民党といった革新政党、若しくはそうしたカラーのある候補者を忌避する動きや発想が、市民運動の内部からも出て来たりもします。
しかし私個人はその方法論にはあまり賛成出来なくて、上手くそうした人達を懐柔しながらも市民運動の本質を見失わず、教化していくことこそ本筋だと考えています。

e0296801_19312852.jpgそのための手段としてはとにかく既存の体制にべったり癒着した御用メディアに変わる、広報性の高い情報伝達の手段が確保されなければならないはずだと見做しているのですが、それがインターネット戦略の拡大だけで成立するなどと考えるほど楽観もしていません。ネットの世界もどんどん既存メディア化が進んで来ていて、権力の監視・介入がどんどん進行しているのを感じるからです。
要するにIWJの視聴者がNHKより多いくらいになって、テレビのニュースを観て世の中のことを眺めていた人達が国会前でも日比谷野音でも何か他の集会・デモへの参加でも何でもいいから、そうした社会問題への議論が活発な民衆同士の連帯の場にどんどん出ていって、そこで聞いたり自分で考えたことから判断するようになればいいんですよ。

そこへの大きな障害になっているものは何でしょう?
私はまず一つ目には、個人的に考えたり情報を集める時間のなさだと思います。みんな、日々の暮らしに忙殺されていて、そんな暇がないんですよね。
また二つ目に言えることは、そういう人々に時間がないなりにも足を運ぼうと思えるだけの楽しさ、面白み、自分から頑張って手伝いたい・参加したいと思えるような共鳴出来る理想、目標への道のりは困難でも今目の前で手と手を取り合って励まし合っていけるような人対人の生の連帯がなければいけない。
この二番目の事柄は特定の政党、活動団体の内部ではある程度実現出来ている所もあるのかも知れませんが、やはり今の話の場合は、それが外に向かって広く開かれていなければ意味がないとも思います。
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by catalyticmonk | 2014-04-09 23:08 | 言論の自由と情報リテラシー | Comments(0)

ことなかれ主義

日本人は真面目で従順なので、素人は専門知識もなく、自分では対案を出せないのだから黙っていろ!という説得術に弱いところがある。しかし、それはよく考えればおかしな理屈で、ある種、心理誘導のための説得論法だ。
確かに、何も知りもしないのに意見だけ言うのは迷惑に近いだろう。それは偏見を持った人間がそのまま声高く騒いだり、デマを流す、などといった形で実際によく起こる。
でも、例えば病院へ行った時にいくら専門知識がない一般人であって、自分自身で治療法の案を出せなくとも、痛い限りは「痛い!」と切実に訴えないといけないように、また、患者が効かない治療を黙って受け続けていたら医学の進歩はないように、すべての人が意見することに対して専門家である必要はないし、声をあげていってよいのだと私は思う。


e0296801_20503526.jpg最近、「反対することに反対!」と主張して、反体制的な言動の人々を誹謗中傷している知り合いがいた。
その某知人の論説によると、「反原発とか反東電とか、アンチ政府とか、反対、反対ばかり聞くのに疲れた。問題があるのはもう分かっているんだから、それをもっと建設的にどうするか、頭のいい方はその知性で考えてください」と言う。表面的に聞けばもっともらしい意見に聞こえなくもないが、落ち着いて考えると何かが大きく矛盾している。
整理して考えるに、建設的にどうしたら良いかは、みんなで話し合っていけばいいのだし、そのためにもまず何が問題で何を問題と感じているかを各々が自身の意見を出し、お互いの意思を確認し合った上で、協力して進めなければならないのが道理のはずだ。それを「頭のいい人が考えてくれ」とか「問題があっても声高に暴こうとしなくてもいいんだ、もっとポジティブに協力し合って具体案を」と、必要なプロセスを飛び越して協力だけ謳って他人に強要するその人の論理はどうにもおかしいなあ、と思った。

具体的な行動というなら、私自身、様々なデモや集会に参加し、自分が支援する候補者の選挙運動に癌発覚直後の時期さえ助力した(でも、反体制的な姿勢を嫌うその人の論理によると、それ自体も疎ましい行動ということにしかならないのだろう)。また、そもそもそうした事柄は自身の立ち位置から出来る範囲のことをしていけばいいのであって、解決策が分からなければ黙っていろ、とか、多忙だったり病人で具体的な活動に参加していないなら偉そうなことを言うな、という理屈でもない。大体、私にだって自分の人生や生活がある。
その人はどうしているかというと、震災後から子供と海外に避難している。もちろん、海外の避難先からインターネットで日本の反体制的な人たちを中傷するだけなんて一番具体的な活動をしていない気がしたが、一連の発言の後、急に付け焼き刃的に秘密保護法案へのパブリックコメントのリンクだの、自然エネルギー開発の記事だのを紹介し出した。そういうこともあなたが批判している人たちはずっと前からやって来たんだよ、と言いたくなってしまったが、その主張自体は私も賛同することなのでやめておいた。
ちょっとノイローゼのような状態なのかな、とSNSで伝わってくる雰囲気から感じないでもなかったが、おかしいものをおかしいと声を出すこと自体を威嚇して封じよう、という偏執的な情熱を発する人は国内でも少なくない。
e0296801_1928112.jpg要するに、自分の見たくない、考えたくない真実に対して混乱して強迫観念的な嫌悪を抱いているので、支離滅裂な論理で他人を威嚇するという迷惑なことにだけは熱心になるのだ。そういう人々からお題目だけの「協力」だの「建設的具体案を」だのと聞かされると私は一番げんなりするのだが、そうした皮相的な欺瞞のきれいごとを「待ってました!」とばかりに飛び付いて賛同する人々が多いことにはさらに危機感を感じてしまう。サイレントマジョリティーを生み出す根源には、こうした人間心理の動きも大いに貢献しているのだろう。


やはり日本人はまだまだ自己主張して社会の下から上へ変えていく価値と可能性にはかなり及び腰で、「御上意識」が強過ぎるようにも私は思う。
結局、民主主義は、情報によって左右される大衆の意志が、社会の指針の正当性を決定付ける。 だから、その元になる「情報」が操作されていたらどうにもならない。それでは盲目的で不公平な社会が、一部の人間の特権の上に築かれてしまう。
だから、正しい情報の獲得のためにも、インターネット通信網の自由を守っていくことが大切だし、まず既成の大手メディアの嘘に気付く必要がある。そして、やはり民衆同士の直接的な連帯を通した情報共有も不可欠だ。しかし、インターネットへの馴染みが薄く行動範囲も限られてくる高齢者にそれを高く望むのは酷な面があるし、娯楽の飴で飼いならされてしまった考えるのが嫌いで日和見的な人々の多くにとっても、それはまだまだ難しいことのようだ。彼らは自分達がモラトリアムに陥るような情報からは目を背け感情的になる。

また、個人のレベルに視点を移せば、自己主張をする上で小さくはない障壁だと常々痛感するものがある。自身の現実の体験に基づく考えというものは、やはりその実体験抜きに語っても伝えにくい、という問題だ。
何かを実直に語ろうとした時、私は自身の個人的な体験談を避けて通れない現実に度々ぶち当たる。しかし、特定の相手に直接それを言ってもすぐには受け入れられないと分かり切っている状況もあるし、ムダに傷付けてしまう場合さえあるので、公の場で具体的な例を挙げるのを避けたくなる事も多い。そこで私はいつも迷う。
e0296801_19242856.jpgでも、結局血を流しながらしか本当の血肉の通った言葉を発することは出来ないんだ。
絶対的に公平で中立な、平和的で安全な主張方法なんてものはない。私が何かを語る時、私は考えの異なる誰かの気分を害するし、デリケートな精神状態にある相手を傍若無人に踏みにじって傷付けさえするだろう。その事実に言い訳しても始まらない。ただ黙って平穏無事にだけ暮らしたいなら、何も主張することなど出来ない。
沈黙して自己保身ばかりを優先したところでいずれは行き詰る。結局、冗談じゃない、と大声を出さなければならなくなる時がいつか必ずやって来るが、決断が遅れれば遅れるほどに、そうした叫びは不毛な結果に終わりがちになる。そして、何よりもそれまでに自分が宜しくないと感じることに暗黙のうちに手を貸してしまうことになる。
それがイヤならどこかで八方美人を潔く諦めて、決断しなければならない。自分自身の言葉で、自身の切実さを明かしつつ語らなければ、十分に説得力と責任のある主張をしていく、というのは不可能な話だ。
そう、そうやって面倒なことだから、誰しも流されやすいんだ、というふうに私は理解している。

人間なんてみんな同じなんだと思う。日本は昔から「和を以って尊しと為せ」とか言われて、そうした従順に従うことを美徳とする考えを権力者側の都合のいいように長い歴史を通じて刷り込まれてきていて、それが比較的穏便・平和に続いた点が特異なだけで、結局、人間なんて基本はみな一緒だ。教育・情報・社会の仕組み、それに歴史といったものが国や地域ごとの違いを作るだけだ。
だから、日本人はもう永久にこういうものなんだ、と決めつけなければならない性質もないし、私達は自分の意志によって変われる。
自分の感じたこと、特にそれがおかしいと感じることならば余計に、それぞれの立場から正直に声をあげていくことをためらう必要はないと私は思う。
それが間違っていたっていい。専門家だってそんなに正確に分かるわけじゃないし、私達は神ではない。そんな絶対無謬の存在を人間に求めること自体大きな錯誤だ。
いつでも私達人間同士は、まず、お互いの意見を出し合っていくことから始めるしかないのだと思う。
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by catalyticmonk | 2013-09-07 00:25 | 言論の自由と情報リテラシー | Comments(0)


溢れ出る部分を勝手にやっています。異端者のあなた、多分私はあなたの味方か仲間です。 河元玲太朗


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