カテゴリ:性の分断( 2 )

正しい性のあり方?

ジェンダー研究家が語る「私がポルノを見るのをやめた理由」
http://logmi.jp/18704

言いたいことは分かるのですが、「だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。もし、右の目が、あなたをつまずかせるなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい」【マタイ5・28 - 29】と言ったイエスの言葉を連想します(イエス本人は過激なゼロットだった、という説もあります)。
実際、現代のキリスト教においても、ここの部分の福音書解釈は、「多くの男性は思うくらいなら罪にならないとあれこれ想像してしまう。そうすると、誘惑が来たとき、コロっとやられてしまう。ですからイエス様は『思い』よりも、もっと前の段階でそのことを防ぐようにと教えておられるのです」(パチパチパチ!)……といった感じの説明であって、多少でも教会で説教を耳にしたことのある人間なら、この人の言説が少なからずそれをなぞらえていて、聖書の影響を受けた何らかの原理主義者なのだろう、と即ピンと来るわけです。

また、歴史上、クリスチャンはここのところのイエスの言葉をかなり文字通りに受け取って、それを根拠に教会が信者に対して人道上問題のある厳格な処罰・弾圧を無数に加えてきた事実も知られています。それは、私からするとポルポトやタリバンに通ずる危険な原理主義に感じてしまうというか。
現代の聖書に影響を受けたユダヤ・キリスト教文化世界の中で原理主義者が際立って多いのは、新教徒がヨーロッパから追放されて建国された経緯のあるアメリカと、聖書の舞台でありシオニストが建国したイスラエルです。そして、この方はイスラエルのテルアビブ大学の社会学者だというのですから、それがまったくの偶然ともなかなか思えません。

私は性産業は本来的になくなるべきだと考えていますが、ポルノの是非以前に、この方は一方的に「自分の信じる正しい性のあり方」を規定し論じています。例外を否定するような狭量さが伝わってくるというか、独善的だったり権威主義的な人物に特有の思考様式を感じます。
売春としてのポルノの否定にとどまらず、「正しい性の形」を語ることにより、表現の自由や、性という本来第三者が規定しようのない感性の次元に新たな偏見を創出しかねない理屈を述べているという印象を持ちます。

おそらく、もしこの方が風紀規制する権限などを持ったとしたら、ストリート系のファッションの若者(特に露出度の高い服装の女性)に対しても「ポルノスター的で不健全だ」として、何らかの規制手段を検討するかも知れません。
こういった意見を私が書かずにはいられない個人的動機としては、自身が管理教育の始まった愛知県の全盛期に小中高の学校に通い(http://catalytic.exblog.jp/18698730/)、独善的な道徳主義の抑圧性を強烈に体験している個人史の影響も大きいのかも知れません。

実際、ジェンダー観、男女の関係性というものは歴史的にもそういう社会的な外圧によって紆余曲折しているんですね。しかし、そこで言えるのは絶えず不合理な抑圧が個々人を苦しめていた、という事実です。
まあ、紙一重の話ですが、一見説得力がある論理展開をしているだけに、これは危険な原理主義なんじゃないかな、と思い、自分なりの意見も書いておこうと思った次第です。
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by catalyticmonk | 2014-08-14 00:13 | 性の分断 | Comments(0)

痴漢犯罪と性の分断

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痴漢冤罪の対応「一目散に立ち去れ」と弁護士たちが口揃える
http://news.livedoor.com/article/detail/8193494/


この記事を読んでまず最初に思ったのは、男である自分にとって痴漢冤罪は当然非常に物騒に感じる話なものの、同時に実際、痴漢も多いんだろうな、ということ。
なぜなら私は若い頃に同性愛者の凄い痴漢に遭った経験が度々あるからだ。

20代前半の頃の私は結構童顔で無垢な感じではあったと思うのだが、そうした外見のせいか何度か(何十回か?)同性から痴漢を受けた。絶世の美少年だったから、と主張したいところだが、だったらもっと女性にモテモテであったはずなので、その主張には無理がある。
特に海外では肌のきれいな日本人男性全般がゲイにかなりもてるのも事実で、若き日の私の海外放浪時代には、ハリウッドで巨漢のゲイに車に無理やり連れ込まれそうになったり、インドで普通に仲良くなったつもりでいた現地人の男性から迫られたりといった体験は数知れず。

思い出すままに一つ書けば、インドのマイソールという街の宿で知り合った巡礼中のムスリム男性にも、親しくなって妻子や自宅の写真まで見せられた後で真夜中にいきなり抱きつかれ、「何をするんだ?!」とこちらが叫んだら、脂ぎったひげづらのオヤジが真顔で"I love you"とくる。
20代どころか若干19歳の素朴な少年であった私が率直に「俺は女性しか好きじゃない!」と言い返すと、”But you are beautiful!"なんて決め台詞を言われる始末。とりあえずその場は必死で振り払い、翌朝早くにそこの宿を逃げ出す、なんてこともあった。
……あの、カラスだけが虚ろに鳴く中世の街のような薄暗いマイソールの朝靄の中を、一人コソコソと宿から出ていった22年前のなんとも言えない情けない気分を、今もまるで昨日のことのように思い出す。
本当にそういう笑いたくても笑えないようなエピソードには事欠かなかった。

今は主に日本国内の問題についての話題なので、その辺の体験はこれ以上長々書かないが、男性である私でも、痴漢の脅威をかなり身に迫ったものとして感じた経験はあるということだ。

e0296801_1595568.jpg国内での一番ひどい思い出は2001年頃、大阪梅田の飲み屋で知り合った男性に睡眠薬を盛られた時だが、その話は書くにはどぎついので(それでも一応穴は掘られていない)、他の体験を話すと、平日の昼間に都内の電車の中で堂々と痴漢されたことが記憶するだけでも二回ほどある。
いったい何の自慢なんだか自分でもわけが分からなくなってきたが、一度はジーパンで、一度は自転車用スパッツを穿いていたように思う。二度とも満員電車でもないのに挙動不審なおっさんが真横に座ってきて、こちらの太股などに触れてきた。
どちらの状況時の記憶か定かでないのだが、一度はこうだ。はじめのうち変質者は隣の席で妙に体をぴったり摺り寄せてきて且つなぜか妙に汗ばんでいて、「気持ち悪いなあ」なんて自分も思っている。「ふう。ふう。」と低い声で荒々しく呼吸をしながら自身の膝をさすり出し、それがどんどんハイスピードになってきて、突然その手が私の膝に飛び移ってくる!
「何をするんだあっ!!」と叫ぶ自分。しかし相手はすぐに離さない。私の太股を揉むように掴み出す。たまらず振り払って立ち上がり軽く蹴りを入れると(私はこういう時には躊躇しない)、ようやく向こうも立ち上がって他の車両に移っていった。しかし立ち去る最中も悪怯れた様子は一切なく、依然「ふう。ふう。」とつぶやきながら猫背な背中姿を私の目の中に残し去ってゆくばかりだった。
繰り返し強調すると、これは十五年以上前のことではあるが、平日、都内の電車内での白昼堂々の出来事で、周りの乗客もみんな見ていたのである。しかし、最初から最後まで誰も一言も何も言わなかった。

__そんな数々の貴重な体験をしている私であるから(実際、他の同性の友人に聞いても同様の体験をしている知り合いは皆無だった!ただし海外での話となると別だ。特にアジア諸国でのそういった体験、と限定すると苦労話を共有出来る仲間が急増する)、女性がさらに頻繁に痴漢に遭遇する機会があって苦労しているのだろう、というのは容易に想像はつく。
しかしそう想像がつく私でも、一度も他の誰かが痴漢に遭っている現場を目撃したことがないのも事実だ。こうした出来事は長い目で見れば当事者にはたくさんあることであっても、他人には目につきにくい性質の事柄なのかも知れない。


しかし、昨今の痴漢冤罪事件多発もどうにも狂っているようにしか思えない。
もし電車に乗っている際、「この人、痴漢です!」と突然手を掴まれたらどうすべきか、といったような頻発する痴漢冤罪に対する複数の弁護士の一致したファーストチョイスが、「逃げる」ことだ、というのは、正直絶対おかしな世の中だなあ、と思う。だって、その場合痴漢を疑われた人はやっていないんでしょ??
男女問わずストレスを溜めて精神的におかしくなっている人は、公共交通機関を利用する機会が多い都市部ほど多いわけだから、そんなに簡単に痴漢冤罪が成立してしまう環境ではストレス発散のための愉快犯だって当然多発してしまう。
「手を握られたら振り払ってでも逃げましょう。裁判で無罪を勝ち取ることはかなり難しい。たとえ裁判で無罪を獲得できても一度傷ついた社会的信用を回復させる困難。それを思えば逃げた方がいい」と、プロの弁護士が言わざるを得ないような現状は、明らかに何かが大きく狂っている。
そんなに冤罪事件が増えてしまうくらい現実にも痴漢が多発していたということなのかも知れないが、そうだとしても、なお狂っている。なぜ、そんなに痴漢をしたくなる人間が多くなるのだろう?


e0296801_15294473.jpg痴漢の多さということですぐに思い浮かべるのは、やはり私がかつて暮らしたインドだ。彼の地でも全般的に痴漢犯罪が多かったが、あれは、原因は明らかに社会の制度や風習が性を著しく抑圧している環境があるからだと思う。
インドは近年、経済的にもインフラや社会の風潮の上でも目覚ましい発展と変貌を遂げているが、それでも未だに全体として見れば多種多様な宗教が人々の暮らしの中に根付いていて、カースト制度に代表されるような古来からの慣習・しきたりが社会に絶大な影響力を保ち続けている伝統社会だ。
多様な宗教・価値観・民族が混在する複雑かつ巨大な社会が、そうした伝統によって絶妙にバランスを保って機能している面もあるし、それ以外の手法に強引に置き換えようとするのは彼らの社会や文化そのものを否定することにもつながりかねないので、インド社会の深遠さを外部の人間が簡単に肯定も否定も出来ない。また、地域や共同体ごとの差異も日本のような比較的画一化された社会からは想像も及ばないレベルであって、本当に悠久の歴史の真っ只中を生きる、複雑怪奇かつ崇高な社会がインド世界であると言っていい。
しかし、こと性に特化して見ると、全般的にいわゆる前近代的な軋轢の存在を否定し難い。自然の本能としての性を、社会の仕組みが結婚制度や階級意識等の人工的な分断を設けることによって厳しく管理しているために、民衆に課せられた性的抑圧度合いが元来非常に高い。
結果、自分達の帰属する社会の制約が弱まる比較的枠外のところ、祭りの際の乱痴気騒ぎや宗教・信条といった価値観の異なる共同体同士の諍い、自分達より自由な性を享受しているように見える異国からの来訪者達との接触等々の場面で、そうした衝動が暴発してしまうのだ。
そこには経済的格差による不平等という要素も間違いなく大きく関与していると思われる。例えば単純な話、婚外の性交渉が今なお厳しく戒められている伝統社会なのに、都市部の貧困労働者は一生結婚出来ない場合も多く、そうした際に人間の本能的衝動がどこに行き着くかを想像するだけでも、インドでなぜ痴漢が多いのか、十分過ぎるほど理解し得るだろう。

私は世界中を隈なく旅したような人間ではないのでインド以外の国のそういった状況はおぼろげな印象程度でしか知らないのだが、性的に抑圧されている社会ほど痴漢犯罪が増える、という定理を唱えても大体は正しいのではないだろうか。他のアジア諸国でも幾度となく似通った気配は感じたし、世界中を回った知人達から直接聞いた数々の話の感触としても、この定理はとりあえず世界中で通用するようだった。


さあ、ではなぜこれほど自由恋愛、性の文化が盛んな日本で痴漢や痴漢に由来する社会的混乱が次々起きるのか?

行き過ぎた性の解放による無秩序なのか?そうした側面もなくはないだろう。
ことの是非、責任の在り処の追求は別にしても、男性向け性産業の臆面のなさや近年の女性自身の過剰な肌の露出も著しく、それが直接・間接を問わず性犯罪を誘発するケースがまったくないなどと言い切れるはずもない。
しかし私は、やはり「性の分断」が、日本ではインドなどの伝統社会とは違う形で進行しているところに根本原因があるのだと見做している。


ところで本題に移る前に、まず前提となる価値をどの辺りに置いて論旨を進めようとしているのか、いくつか確認しておくべき重要な点があるように思う。
私自身は、本来、性行為は、子孫繁栄と人間同士の絆を深めるためにあるのだと考えている。それが私個人の実感でもある。
ただ、自分がその立場でなくとも、同性愛者・性的少数者の権利についても平等に認めるのが当然であると思うし、かつて私が一部の同性愛者から被った性的脅威を彼ら全般への偏見として転化させるつもりもない。むしろ彼らは、現段階の人類社会の未成熟さの犠牲者であって、彼らが今もなお人たる権利において不利な立場に立つ者として不当に差別されている世界的な実情は嘆かわしいものと考えている。
そうした諸々の事柄も踏まえた上での理想状態を厳密、公平にどこに規定するかの議論は、信奉する宗教ごとの見解の相違なども絡んできてあまりにも長大になるのでひとまずは横に置くとしても、性が本能に基づく自然発生的なものだ、というところまではいくらか広範な了承を得られるのではないだろうか?
日本社会にそこの部分を著しく屈折させるような何かしらの抑圧が働いている、という意味での「性の分断」の存在をこれから考えていきたいと思う。


e0296801_1585637.jpgやはり基本的に日本の場合は、社会のすべての分野において、高度な管理化が進行し過ぎているのだ。
そしてそれが非常に資本主義的な理念に基づいて行われている。
そのために、性的活動さえも社会が様々な形で経済的な商業目的のために吸い上げてパッケージ化し、そうした人為的加工を有形・無形に加えた後に民衆に再分配する仕組みが高度に発展し過ぎてしまっているところにこそ大きな弊害があるように感じる。
分断された現実の中では、出会いや性的充足を求める人々が擬似恋愛や性風俗などといった形で再分配された性を金銭的対価で買い求めざるを得ないような状況が必然的に拡大する。
また、性的な魅力を有する個々人も、こうした社会環境下では生育過程のすり込みや大衆文化などからの多角的な影響・教化により、自らの性をある種のステイタス獲得や即物的な利潤を得るための道具として活用する方向に知らず知らずのうちに仕向けられてしまう。そうした傾向が強まれば強まるほど、性は、恋愛の場面での相手に対する意識のあり方や、性的な活動が発露される機会などの内において人工的なパッケージ化が進み、社会の中の性の分断はさらに進行する。
それは世界中の文明国家で行なわれてきていることだが、だからといって日本のそれが健全な範疇にあるとも到底思えない。日本人は決められたシステムの遂行にあたっては高度な管理能力を発揮する国民性だが、ここではその才能が裏目に出てしまっている。__だって、それではロボットみたいじゃないか。私達は人間なんだよ!__そういう話だ。

そうした過剰な性の「経済化変換」の当然の帰結として、性を生身の人間から切り離したモノのように扱う風潮が蔓延し、性犯罪も助長される。
痴漢犯罪には、当然それに加えて個人個人の抱える別途の事情の精神的な歪みやストレスなども原因として加わるのだろうが、それらの相互作用の総合結果としても、ひどく不自然でぎくしゃくした性の分断が社会全体で大規模に進行している、というのが現代の日本の状況だと思う。


性と愛とは不可分なものだ。
性的目的のためだけの性、愛だけの愛、という形もあり得るだろうが、愛と性が結びついている場面では分離して考えようがない。また、愛は個人的な問題であり、他人が口を差し挟むべきものではないのだが、それを性そのものにまで拡大解釈してしまっては性の社会的・構造的問題点について一切考えることが出来なくなってしまう。それも窮屈な話だ。
なので、あくまで私個人の感覚の範疇としてだけでも書くと、まず次のような率直な印象になる。
「少なくとも性にまつわる事柄は、やっぱり相互の信頼関係に基づいた素朴な姿が一番なんじゃないかなあ。」

性があまりにも自然状態から遠く隔たったところで人工的に再分配されていては、いくら表面上、人々が容易に自由恋愛や性的発散が出来る社会環境であったとしても、結局は生命本来の健全な欲求は満たされないので、必ずどこかで歪んだ現象が起きてしまう。
それを現在の日本の状況が証明しているではないか、と私には思える。
e0296801_1514290.jpg

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by catalyticmonk | 2013-10-26 13:04 | 性の分断 | Comments(0)


溢れ出る部分を勝手にやっています。異端者のあなた、多分私はあなたの味方か仲間です。 河元玲太朗


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