カテゴリ:個の尊重と人権( 3 )

ディベートと日本人

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私が政治的な意見の違う相手に即カッとなることはない。それなら自分に意味もなく横柄な態度を取る相手や感じの悪い人間の方がよっぽど不愉快だ。
だけれど、日本人だと自分と意見が違う、判断が違う、ということだけでいきなり相手にそういう態度を取る人が非常に多い。

私は別に相手が自民党員でも、フロリダの大農場主で絵に描いたような新自由主義者でも、その人が札束で自分の顔をはたくような真似をしない限り、感情的には何も起きない。
私も、自分と主義主張が違うからと言って、相手をいきなりドブ川に突き落とすような真似は慎まなければならない、と思っている。

日本人はディベートができない国民だとよく言われている。
政治的な事柄とか公的な主題について異なる立場に分かれ議論するのなら、まさにディベートとしてすればいいことなのに、そこで一々青筋立てて怒ったり相手の人格否定をする。

別に一個一個の判断は、その時その場で個人個人がしていけばいいものを、それができていないんだな。
だから、判断が微妙な案件が続くと、本来、それで右に行くか左へ行くかの判断を個々でしたところで大差もないはずのものを、意見毎に寄り集まって集団になり、異なる意見の相手を激しく罵倒したり、陰で陰湿な算段をし出すから、大衆社会がバラバラになってまとまれない。
はっきり言ってそれは精神が自立していない証拠だから、幼稚と見なされても仕方がない面だと思う。

先日、アメリカにいる知人と、街頭で托鉢しているお坊さん二人とで、偶然、まったく同じそういう話になった。
まあ、アメリカの知人となら大統領選挙絡み、お坊さんとなら国内の宗派毎の無益な反目や社会道徳のあり方について、などといった具合で、内容はそれぞれ違ったのだけれど。
その天台宗の僧侶の方曰くは、今のままの日本人では技術力や知力はあっても文化的に社会が成長していく素地がない、教育で変えていかなければいけないんだ、と私と同じ見解で興味深かった。
出家者、という立場から彼も既存の社会をいくらか外側から考察する視点を持っているようだった。
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by catalyticmonk | 2016-11-19 20:00 | 個の尊重と人権 | Comments(0)

家族関係と社会活動、それぞれの独立と連帯

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「次男の交際相手が気に入らない」親からの投書に対する高橋源一郎の回答が話題

http://fundo.jp/82280

〈(以下、投書及び高橋さんの回答:原文そのまま)

29歳次男の交際相手に夫婦で納得できず悩んでいます。相手は27歳で遠距離交際が3、4年続き、そのうち熱が冷めると思っていたら「結婚を認めて」とあいさつに来ました。相手の服装や第一印象が悪く、将来子どもに宿題を教えられるのかも疑問です。子に忠告するのは親の役目だと思っています。私たちが認めれば誰も苦しまないのですが、どうしても彼女との結婚は許せません。

この相談に対する高橋さんの回答が以下になります。

正直に申し上げて、何が問題なのか私には分かりませんでした。憲法24条には「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し」と書いてあります。ご次男とその女性が結婚したいと思っていらっしゃるなら、それを止める権利は誰にもない、ということです。こうした婚姻の条件は大日本国憲法にはありませんでした。家長の意向を拒否することは難しかったのですね。

ご次男の結婚を「認められない」?「許せない」?その「上から目線」のことばづかいが、そもそもわたしにはまったく理解不能です。あなた方は、ご次男を自分の所有物だと思っているのですか?ご次男は、独立した人格をもった大人なので、そもそも、あなた方に「認めてください」という必要もないのです。なのに、子としての礼を尽くして、わざわざ、そうおっしゃった。立派な方だ。それにいちゃもんをつけるなんて、非礼なのは、あなたたちの方でしょう。

百歩譲って、その女性が、どうしても気に食わないということは事実だとしましょう。その場合、親というものは、「この女性の良さが、私にはどうしても分からない。けれども、息子が好きになったぐらいだから、私には分からない良さがあるのだろう。なんとか頑張って理解してみよう」と思うものじゃないでしょうか。

人生のめでたい門出にあたって、理不尽なケチをつけられているご次男たちが気の毒です。〉


これ、選挙でも言える話ですよね。
自分がいいと思う候補を応援するのも、気に入らない候補者のこういう部分や考えが嫌だ、と発言するのも個人の自由。
だけれど、どんなに息子か家族のように近しい存在の相手に対してであっても、その考えを押し付けちゃいけない。

自分はこう思うからいいと思う、ダメだと思う、と主張するのはいいんだけど、他の人が自分と違う意見であること自体を直接否定してしまうと民主主義は死んでしまうのです。
旧ソ連のスターリンや文化大革命の毛沢東みたいな独裁政治、独善的で自由のない全体主義へと向かって行ってしまう。

だから、親しい相手にこそドライな割り切りと節度ある距離が必要で、そうでないと子供に良かれと思って一挙手一投足を管理しようとして愛想をつかされる親みたいなことになってしまいます。

だいたい、選挙なんて地方自治体選挙と国政選挙、国政選挙でも選挙区と比例区、各政党内の連帯の維持と無党派との連帯、政治状況に応じて大同団結で野党共闘することと利益優先の野合の微妙な見極め等々、いろんな次元の物差しがあるから、それが全部自分と他人で同じだ、なんてことはまずありません。
だから、身近である相手に同じであることを強く求めてしまうと、結果的にどんどん分裂していって溝が深まってしまいます。近い相手にこそ多少違ったって構わない、という大らかな気持ちがないと、必然的にぎすぎすして、一緒にいるのがつらくなっていくものだと思います。

目の前の一人や二人が違う考えだっていいから、大局的に自分が理想とする目的に近づくように広く自身の考えを訴えていったり、自分の思いを託せると感じた候補者や組織に貢献する努力をしていけばいいだけのことではないですかね。
それが一番空回りが少なくて合理的で、かつスマートな道な気がするのですが、日本ではそういう個人の独立と人権の理解が全然遅れていて、未だに封建社会みたいな従属を互いに期待し合う感覚が標準だったりするから、勘違いも起きやすいんだと思います。
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by catalyticmonk | 2016-07-22 00:39 | 個の尊重と人権 | Comments(0)

秋葉原連続通り魔事件犯人弟の自殺に思う

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『秋葉原事件』加藤智大の弟、自殺1週間前に語っていた「死ぬ理由に勝る、生きる理由がない」


先日、秋葉原連続通り魔事件犯人の弟であった方が自殺し、28歳の若い命を散らしました。


まず何より一番最初にはっきり言っておきたいことがあります。
彼が手記で書いたとされる、「犯罪者の家族でありながら、自分が攻撃される筋合いはない、というような考えは、絶対に間違っている」という言葉は、私は違うと思うんです。彼がその言葉を本心で書いていないんだろうとしても、です。

e0296801_14564238.jpg私もろくでもない家柄に生まれましたし、実の母からも「お前なんて産まれて来なければよかった」と幼い頃から言われて育ちました。父の実家は企業ヤクザだったので、一人二人の人間の人生を破滅させるどころじゃないです。
でも、どんな親や家族を持っていても産まれた以上は生きる権利があるし、自分で生きる素晴らしさや友情や愛情、信頼を学んで行くことは出来るんです。幸せになっちゃいけない命なんて一つもないんです。
そして、成長すれば自分を産まなければよかったと言ってネグレクトして実家に預けた母のことも、悪い男に騙され難病にもなって一人の若い女性として苦しんでいたかわいそうな人だったんだな、運が悪かっただけで無理もなかったんだな、と理解出来るようになったりするんです。恨みが消えるんです。

仮に世間一般の評価で百点満点中十点や二十点の生き方になったとしても、甘いも辛いも味わっているうちにしみじみ感動することもあって、その時には「お母さん、産んでくれてありがとう」って素直に思える瞬間も来るんですよ!
死んですべてを終わりにするより、何か欠けたものを取り戻して行く喜びのある人生の方が素晴らしい、と私は確信しています。


e0296801_14395893.jpg私はこういう話を聞くとつい内側の導火線に火がついてしまって、該当する当事者の目に留まることは限られていようとも「何言われたって構わずしぶとく生きてこうよ」、とまず犯罪者の家族や、たまたま生まれついた境遇が社会的に差別を受ける立場だったという人達そのものに呼びかけたいような気持ちに駆られるのですが、無論、現実的には社会が多様性を認めない了見の狭さこそがこうした悲劇を作り出しているのであって、一番の問題点であることは疑う余地がありません。
家族の罪をあたかも連座制で罰せられなければいけないかのような、ほとんど社会的リンチに等しいことが野放しにされている環境、それが人間として恥ずべきもの以外の何物でもないことに、私達一人一人が気付いていくしかないはずです。

自殺した被告の弟は「一家そろって異常なんだよ、あなたの家族は」と交際相手の女性から言われたといいます。
それに関して私は知人の方から、「確かに加藤被告のような形でしか自分を主張できなかった人には、遺伝的にも環境的にもある種の不器用さを家族みんなが持っている事って多いと思う」といった意見も聞きました。
その方は亡くなった被告の弟には同情的な意見でしたが、自分自身で身近に見聞きしてきた現実を根拠に率直にそう仰っているようでした。ですから、その方自身に対して何か批判したい気持ちが起きたわけではまったくないのですが、少し考えました。
まあ、それは虐げられた人間の方が無傷に等しい人々よりいろんな問題を負うことは自然の道理です。
でも、その状態を見て「やっぱりあいつらは...」となるのがまさに差別問題で往々にして見られる負の連鎖で。
そうした負の連鎖によって起きた二次、三次の障壁の解決に取り組む必要も当然出てくるわけですが、もし差別のない世界に近付いていこうとするならば(それはもちろん弛まぬ社会的、個人的努力によって近付いていくことしか出来ません)、まずどこから筋を通して捉えていくかの順序という部分で、慎重さが要求されてくるとも思います。

e0296801_14444624.jpg極端な例えを言えば、少なくとも身ぐるみ剥いでその家族を物乞いに追いやった盗賊が、その家族の子供の行儀の悪さを卑しみ、それを理由に差別して当然であるかのように振る舞うことは間違っているわけです。これと同質の行為を実際世間はよくやりがちなんです。
私も自分は「盗賊」ではないつもりで、自分とは感覚の違う人達に対してそうしたことを行なってしまうことは往々にしてあると思っています。
例えば私は自分がストレートなのでLGBTの方々が本当に感じている立場をあまり想像することが出来ません。古風なジェンダー観を共有する者同士の会話の時には特定の立場の人を非難する気はなくとも知らず知らずのうちに聞く人次第では不愉快になる発言をしていることもあると思うんです。

でも、だからこそ、そういう間違いを誰もが犯すし、「自分が間違うこともある、完全無欠な存在ではない」ということを前提にして、自分と違う感覚、事情の人達の多様性を認め、歩み寄りあって差別や偏見のない世界を模索し続けていく必要があるのだと私は強く感じます。
そこにはファンタジーのような分かりやすいハッピーエンドや勧善懲悪はないはずです。子供のような万能感で物事を単純に白か黒かで決めてしまうことのほうが誰にとっても楽で、安心していられます。
その、楽や安心のまったくない人生も過酷でしょう。ですから、ちょっとずつ手の届く範囲でいいですから、自分の感覚の外側を想像してみる習慣を、この社会やここにいる私達一人一人が、教育や自己の意識改革によって広げていくことが、人間として痛ましい気持ちを互いに味わい合う負の連鎖を減らしていくためにも大切なのではないでしょうか。
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by catalyticmonk | 2014-04-18 00:45 | 個の尊重と人権 | Comments(0)


溢れ出る部分を勝手にやっています。異端者のあなた、多分私はあなたの味方か仲間です。 河元玲太朗


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