カテゴリ:相互抑圧( 3 )

馴れ合いと諍いの社会

実際、自分と近しいあいつがこう言っていたからああだとか、こっちの方が長くて知識もあるからこうだとか、そういう村社会か猿合戦のような話ばかりなのが人の世。
そうやって国と国、宗教共同体と別の宗教共同体、政党と政党、近しいグループと距離のあるグループといった様々なレベルでの争いごとが絶えません。

誰でも自分が日常的に付き合っている馴染みある空間や人間関係の中では、そこそこいい人間だったりするのです。
だけれども、何かの物事を商売なり社会活動なり地域のサークルなりで大きくしていこうとした時に、半ばは人間の逢い魔が時が訪れます。
何かに熟達して経験と信頼を獲得していったりする中で、上から目線になって、自分はベテランで分かっているのだから、自分の主観に基づいて相手の行動を管理できる、という態度になっていく人は多いと思います。

もちろん、それが的を得たリーダーシップである場合もあります。ですが、それが驕りとなる場合はあまりにも多いのです。
地位や権力を得て、自分は他の人と違うし得意な技能や経験知も持っているけれど、なおもそれぞれが別個の個性と尊厳を持った存在なのだ、と理解して、それが公平で謙虚な振る舞いとして自然に表れる人は、結構限られてきます。

驕りがあった上で、自分に近い付き合いの人脈からの情報や印象に基づいて、彼らはこんな勝手な振る舞いをしたとか、自分が実際に見てもいない噂を単純に信じてしまいがちです。
敵対者として大ナタを揮って、それが憶測や間違った判断であった場合には取り返しのつかない怨嗟の元となったりします。陰謀を仕組んでしまってからイタイことになっても、なかなか過ちを認めるどころか、さらに仲間と固まって意固地、狂信的になったりする。
そういう誤った行動や判断をした人物が、同時に身近な親しい人たちにとっては無邪気な人間味のある善良な人格であったり、またやはり特定の分野の能力・見識では頼りになる、確かな才能の持ち主だったりするからです。


ただ、そうした争いのテンションとかシビアさ、日常的な危機意識の在り方には、世界によってかなり温度差があって、例えばある種の学校の教職員や大学の研究機関など、そこの共同体の中に居続けることを前提として交流している人たちの世界は、ちょっと平和ボケに感じるくらい、対人関係や物事へのシビアさがまた薄かったりしますね。
相手を破滅させないことを、共に暮らし続けることを前提にして、子育てや研究機関内での地道な実績・成果作り、根回し、といったことを続けているような世界と、商売や選挙で相手を追い落とせばある意味当然の如く相手の失職にもつながることを自明の理として戦い、明日は自分の身内も裏切って敵になるかも知れない営業マンや政治の世界では、やはり次元が違います。

人の評判なんて、悪い噂が立たないようにする一番無難な手は、人と特別に違うことをしない、極力影響力のあるところと連携して根回しをしておく、その上での時の運、人の個人的な思惑、といったところで大概が決まるのですから、いい加減なものです。たとえ何割かの人がいい印象を持っていなかったとしても、どこの政党を何割の人が支持するか、と同じ次元くらい仕方のないことだと思います。
だけれども、火のない所には煙は立たない、というものの見方が、そうした状況下で不利な弱い立場や少数派の人たちを集団圧力で追い詰めるでしょう。また、自己責任論といった自責の観念が重荷となって、人々を臆病に、ものを言えない空気の事なかれ主義へと運び込んでいきます。


ここら辺は東洋思想的な価値観、日本の文化的な風潮の負荷というものも絶大だと思います。自己主張はせずに、従順に協調性を旨として生きることを奨励する人生論・人間観、訓示の言葉といったものが社会に満ち溢れています。
伝統仏教の一部僧侶の方々と対話してみても、耐えて、不平不満を言わず、まず自己抑制から奨励し、主義主張をむしろ煩悩として戒めるような哲学が充満していて、自発的に物事を掘り下げて探究する精神性を始める前から制限してしまうような物言いを何度も感じたことがあります。

それは価値観ですから解釈の仕方次第でも非常にニュアンスの異なってくる事柄だとは思うのですが、やはり宗教界の側でも、長年、封建的な社会であった日本文化の中で、自ら持つ精神文化を用いて、既存の社会に迎合するような形で現実生活に対する説明をしてきてしまった部分があるのだと思います。
それは戦前に、ほとんどの伝統宗教界が戦争賛辞に回った事実を以ってしても、私個人の特異で傲慢な見識だとは言えないはずです。

根本に通底した空気としては、穏やかな家庭空間的親和性のある場面では村社会的な狭量さという弊害として表れ、外の世界に向かっては弱肉強食の競争社会であるという、そういった偏りみたいなものが継続しているのがこの社会の現状でしょう。
均質な社会を目指せば、誰かが特別にマイノリティーでなかったとしても、必ず個々人のリアルな人生は少なからず抑圧されていきます。しかし、日本は協調性と従順さを美徳として奨励してきた分、村社会的な歪みの闇は深いのです。
そこを、それぞれの立ち位置でどう対処し続けていくのか。個人の基本的人権と尊厳を尊重し、多様性を認め合っていく、という民主的な共生社会のあり方が問われているのだと感じます。
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by catalyticmonk | 2016-03-24 03:02 | 相互抑圧 | Comments(0)

自己アピールと忖度する社会

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こういうバナー、SEALDsの若い子たちは自分自身をモデルにガンガン作っているけど、40代のおじさんがやると図々しいのかなあ、と私でもまったく迷わないでもありません。
でも、目立ってなんぼだし、若者がやれて中年になったら慎むべき、なんて空気に躊躇していても仕方ないか、とも思います。奇人変人扱い上等です。

どうやったらさり気なくて嫌味がないか、って気にしながらみんな発言や表現の仕方を計っている訳だけれども、自己表現や意見を表明するのに一々相手や集団・社会の空気と大きく離れないところにダウンサイズしないと協調性がないとされる。
確かに相手の感覚にある程度合わせていってこそ伝わる幅も広がるから、そういう意味では分かるのだけれど、「こうでないと相手に馬鹿にされる」「あいつは目立ちたがりだから」と揶揄される基準になったりさえします。

そんな控え目なことでは、誰が何と言おうとこうだ、と主張したり、今現在多くの人がそこで気付いていないことを指摘するのさえ滞り、融通の利かない、いつもマジョリティーに擦り寄る社会になって、自主性を必要とされる民主主義が発展していきません。

だからこそ自民党の世襲議員で、天皇家の親戚で、お金持ちで、庶民のことなんかこれっぽちも考えないような連中が、低投票率の選挙に通って日本の支配者でいられるのです。せいぜい自分の一族・家族の誇りを取り戻し、自分自身の見栄を守るために、戦後70年も戦争しないで済んできたこの国を戦争出来る国に向かわせようとする。
そして弱者や少数者は虐げられ、あまつさえ一般庶民の暮らしといのちの安全さえ蔑ろにされつつあるのではないでしょうか。

老いも若きも、男性も女性も、ストレートも性的少数者の人も、健康な人も病気や障がいを抱えている方も、みんな全世代的にそれぞれのあり方で、自己アピールをしていったらいいんだと思います。
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by catalyticmonk | 2015-08-10 00:05 | 相互抑圧 | Comments(0)

ネトウヨ文化が本能的に見抜き恐れている日本社会の変容

「多くの日本人の英会話がうまくならない一つの理由として、自分の言いたいことがないということもある。対話や議論の元になる内容を持ってない」という意見を述べられた方がいて、少し考えさせられました。

うーん、どうなんでしょう?
確かに私は自分の言ったことを一通り聞いてもらえることが多いものだから、大喜びで喋っているうちにいつの間にかそこそこ英語も喋れるようになっていましたが、逆に日本に帰ってくると自分が話した内容ですぐに気まずい沈黙が生まれるのが分かって、段々言葉少なになった面も(笑)。

それは私個人に限った話でもなくて、向こうで知り合い結婚した日本人の先妻も私以上にかなりそれで精神をやられたようでしたし、帰国後、うつ病や拒食症になってしまった友人・知人を何人も知っています。直接の知り合いでは多分いませんが、明らかにそういったことが大きな引き金となった末に自殺する方々もよくいるようです。

まさにこれを言うと「非国民!嫌なら日本から出て行け!」と言われそうですが、それでも私がこれを言わなかったら他のどんな立場の人間がこれを指摘し得るんだ、とも思うので、万難を排して率直な感想を書くと、もっと粗野だったり遵法意識の低い地域・国家の人々は大勢いるでしょうが、少なくとも社会がその構成員に対し神経衰弱のような重圧を強烈に与えている度合いに限って言えば、日本は世界トップクラスのストレス社会だと思います。
正直、私でも帰国して何年経っても、のどにものが痞えたような感じが完全にはなくなりません。

なんでそのような現象が起きるかと言ったら、日本人は、外の世界を見たら二度と元に戻らないくらい特有な「相互抑圧」の中で生きているからだと思います。
封建的な地位・権威を尊重した上で成立する社会秩序の安定、といったアジア全域に広がる儒教的な従順さや協調性を美徳とする風土、若しくは単に村八分的な集団圧力によって社会構成員を組織力の必要とされる大規模な灌漑事業などに従事させる農耕文化とセットな集団主義、といった伝統があった上に、さらに狭い島国で、その上長らく鎖国。
民衆主導による社会改革を明治維新でも太平洋戦争の敗北でも体験せず、戦後は経済復興に重点を置き、多様な個性が存在する社会の縮図としての教育環境より、学力の高い子を効率よく育てるために障がいを持つ子どもを排除するという教育政策を取ったりした、あまりにも画一的で非人間的な管理教育。
ただ、それでもアメリカのアジア戦略上の都合とそうした勤勉さやチームワークの良さの見返り・成果として、世界トップクラスの経済先進国にもなったという、本当の本当に世界の中でも特異中の特異な社会環境に私達日本人は生きているのです。

それは、自分も相手を抑圧しないと成立しない法則で成立しているので、一度でもその外に本当に浸ってしまった者はいくら自分の国籍のある国の中で生きやすくするためでも、なかなかそんな奇妙な真似に感じる行為を本心で自然には出来ないのです。手品の仕掛けを知ってしまってから、同じ手品を見て二度とみんなと一緒に心から驚いたりはしゃげないのと同じです。それは本人がどれだけみんなと一緒にはしゃぎたいと願ったとしても無理な相談なのです。

外の世界を知らず、世の中はこんなものなんだ、と信じている間しか使えない精神的な魔法の中を日本人は生きています。
ですから、日本人が真に国際化したらその気質は根本的に変容します。それを私達のうちの少なくない数の人々が無意識的にも察知していて、そうした部分が右傾化や排外主義的な風潮の蔓延ともつながっているのではないか、と思ったりもします。
彼らは、今のままの自分達の心性が、外の世界の空気に触れたら大きく変貌せざるを得ない点を、本能的に気付いているのだと思います。つまり、ネトウヨ文化もある次元では正しく本質を見抜いているのです。

だからこそ、そこが私には大きな希望です。今、日本人のどれだけ多くが住み心地の悪いねぐらでもそこを荒らされたくないと外気をシャットアウトしようとしていたとしても、外の乾燥した空気や湿気、長く続く雨や温暖化などによって、農作物や景気、人々の気分への影響が避けられないように、この小さな国に吹き込む風はやがて日本の閉鎖性と相互抑圧のシステムに修復不可能な大きな風穴を開け、まったく新しい異なった社会へ変遷していくことは間違いないと確信しています。
ただ、その時に闇雲に混乱するのではなく、どういった方向へ社会が進んでいけば良いのかを総合的に見当をつけれるだけの十分な市民社会の知性やリテラシー、組織力の下準備が必要とされます。その下準備の進行程度如何で、来たるべき転換期が多くの人々にとっていたずらに苦しいものとなるか、希望に満ちた門出となっていくかも当然大きく変わってくるのでしょう。

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by catalyticmonk | 2014-10-14 00:35 | 相互抑圧 | Comments(0)


溢れ出る部分を勝手にやっています。異端者のあなた、多分私はあなたの味方か仲間です。 河元玲太朗


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