カテゴリ:支配構造( 5 )

バンコクの屋台排除の動きとグローバリズム・新自由主義・貧困格差

タイの首都バンコクは衛生面や町の美化を理由に、2017年内にもバンコクの路上からすべての屋台を撤去させる計画なのだそうです。


これ、国際的な流れとして見ても、アジアの一部地域の限定的事情にとどまらない大変危険なサインだと思っています。

まず、バンコクのストリートの屋台は、非常に安価においしい食べ物が買えることから、世界中の観光客から人気を集めているのみならず、地元の住民にも利用される「庶民の味」として支持されており、バンコクの町には部屋にキッチンがない所も多いと聞くので、現状、そもそも基本的なライフラインなのです。

それをバンコクのスワンディー・ワンロップ知事は、2017年4月18日に地元紙The Nationに対して「バンコクにある50地区すべての路上販売者を除去し、道路を歩行者に取り戻すよう取り組んでいます」と述べ、2017年内に路上のすべての屋台を排除する予定であることを明らかにしました。

バンコクの屋台は許可を得ることなく少ない元手で始められる商売で、地方からバンコクに出てきた貧しい人達が一番最初に始めるビジネスだ、とも言われています。バンコク当局は、許可なく通りを占拠する屋台には店舗へ移動するように働きかけていますが、家賃を払えないため事実上、店舗に移行できない実情です。

屋台はタイ経済の15%を占めるという統計もあるそうで、それを破壊したい理由を真剣に見つめる必要があります。

私は26年前からバンコクの屋台は利用しています。単純に1991年にバンコクのチャイナタウンやカオサンの屋台で食べた味と、2010年くらいのバンコク各エリアで食べた屋台の味のアベレージは、随分違う印象があるのは事実です。残念ながら、以前の方が繊細なタイ料理の味わいが屋台でも多分に味わえ、質が高かったのです。

その26年の間にタイの経済規模は大きく拡大しました。数が増えて、商業規模と回転する金額が大きくなったので、より素人でも屋台を始めやすい環境にはなっていったのかも知れません。

1993〜4年頃に私が訪れた時にはアジアの秘島だったタオ島やナンユアン島が、今ではバンコクで直通便の広告が並び、日本の旅行代理店のスキューバダイビング資格取得のためのツアー広告がインターネットでも数多く躍り、ナンユアン島に至っては世界の絶景100選に選ばれてしまうくらいリゾート地としての知名度を上げました。

開発、って何なのでしょうね。
バンコクでもマクドナルドやコンビニが近年やたら増えていましたが、それも外資が地域経済を侵食し始めるサインだった訳です。昔より若干まともに冷えたビールを飲めるようになったくらいなもので、それが地域の人々の暮らしを本当に豊かにし、観光産業の魅力をアップさせたとも思えません。
より大きなお金が回り、設備投資が為され経済開発が進みましたが、その一方でさらに貧富の差が広がり、富める者の懐にはより多く転がり込み、貧しい者はより貧しくなったのです。
なんか日本で起きている事ともそっくり同じ構造だと思いませんか?

屋台はせっかくの観光の売りなんだから、一掃とかではなくて、きちんとした料理を提供してるのか内容を規制する方向に動けばいいのに、という声もありましたが、そういう手間と人件費をかける気は毛頭ない気がします。こんな強硬な手法を取ろうとしているのですからね。

それにしても、なんか庶民的な風情のある文化が世界中で排除されていく一方なのが、とても気がかりです。
そう、こうした現象が暴力的なまでの強引さで、世界中で起きているのです。

まあ、いくら忙しく働いていて自炊する時間的余裕がなく、部屋にキッチンもない貧困層でも、例えばチャイナタウンの食堂とかなら屋台と大差ない値段の所もありますから、いきなり食生活がコンビニに全移行する訳でもないでしょう。
ですが、それでも必然的に屋台がなくなった分だけ、高めのレストランや大資本のコンビニ・商業施設は今よりも潤う訳です。

そこをもっと儲けさせたいし、そうすれば外資ももっと入ってきて既得権益のマージンが増えたり、政財界が喜ぶ、イコール発展だ、と勘違いしているのでしょうね。結果、もっと生活が苦しくなる人々が増え、本質的な観光資源も失われていくのに。

つまり、それが新自由主義の、グローバリズムの、多国籍企業と金融業界が支配する世界の、罠。

経済的な数字の物差しだけで計っていれば、そこに人間の実際的な生活上の都合や環境への負荷などが度外視されていきますから、必然的にどんどん本末顛倒な事態になっていく訳です。
そして多国籍企業は法人です。法人の利益が増えていけばいいし、その理念で全体として動く仕組みなので、個人個人の人間の良心や節度、感情とも無関係なのです。

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by catalyticmonk | 2017-04-24 01:16 | 支配構造 | Comments(0)

カルト的経済大国ニッポン

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日本の企業って、大きなところは大概凄くカルト宗教っぽいよ。総体的な雰囲気として、そういうのが常識になっちゃっている部分がある。
自社営業マンを育てるために社員旅行先で狂ったように哄笑する練習をさせたり、「内観」と称して部下一人に上司10人くらいで取り囲んで、それまでの自分の人生すべてを自己否定的に反省する誘導をしたり、そりゃ、やられる側は自我が押し潰されるから、その時に会社への忠誠心を吹き込まれたら、みんな心の逃げ場を求めてそこにすっぽりハマる訳だよ。

あんな強烈な洗脳方法、下地に宗教があって開発されてきたとしか思えない。それもカルト的なね。
でも、カルトは基本的に他人を利用しようとする・操る手法だから、経済利益優先主義とも相性がいいのさ。

創価学会は、宗教と言うよりも、日本最大級のブラック企業のようなものだと思っている。
そこが利権集団として幅を利かせているから、そのアレンジで自己啓発セミナーみたいな社員教育で企業戦士を洗脳して育てる企業とか、いろんな亜流がバンバン生まれてくる下地が広範に形成されてしまう。

AKB商法みたいな消費者を丸囲みする自己増殖的なマーケティングの器用さも、結構カルトっぽいと感じている。
日本人が、個人で主体性を持って考える作業には物凄く稚拙なのに、どうしてこんなに高度な心理戦は展開出来るのだろう、というところが一見不自然に感じるのだけれど、そこは背景にカルト的な文化があって、多くの人たちが個人として考える前に、もうそこに集団心理的に「入信」済みなんだ、と想定するとすんなり納得が行く。

だから、日本は元々カルト的な封建社会が、文化の底流でずっと続いている国だった。それが日本会議の連中や創価学会が政権を握る、という一番露骨な形で表れ出したのは、ずっと続いてきた内実がとうとう表面化してきただけなんだと思う。
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by catalyticmonk | 2017-04-07 02:06 | 支配構造 | Comments(0)

無自覚な抑圧と意図された心理戦

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これは社会活動のレベルから個人レベルに至るまで隙間なくあらゆる次元に蔓延している問題だとは思うのですが、世の中には、限られた情報から思い込みで踏み込んだ意見を言ってくる人々の行為によって、抑圧される意見や言葉といったものが結構あるように感じます。
一旦そういう質問が出ると、答えるとなるともう一歩踏み込んで説明しないと疑問点を解くことは出来ないし、それを見聞きした周囲の人にもあらぬ誤解を生んでしまうので、自分や守らなければならない者のために沈黙を余儀なくされてしまう、そうした形での抑圧がかなり広くこの社会に存在すると思うのです。

当事者はそれを無自覚にしてしまっている場合が多いのですが、意図された情報戦略の一つの肝もそこにあると感じます。
別段私は民主党支持者でもないのですが、公平に言って小沢一郎氏や鳩山由紀夫首相の失脚の経緯などを思い返してみても、マスメディアを使った官僚組織や大企業等といった大きな権力の情報操作・世論誘導が、そうした心理戦を意図的に多用していたように思います。
電車の中吊り広告に出ている大衆紙の見出しを目にするだけでも日々辟易することばかりで、世間の下世話な詮索や安易な噂話の悪質さ、それらを助長し、また自身でも生み出す無責任なマスメディアのあり方には、常々疑問と強い怒りを禁じ得ません。

端的な情報から相手のプライバシーに踏み込んだ意見を書いてしまうと、その相手にある一定以上は語れない事情や守らなければならないものがある時には、その質問自体が厄介になる場合もある、という良識が、この社会にはあまりに不足しているように感じます。

個人レベルの視点から言うと、私も家族のことなどで根元まで書けない話は多いのですが、それでも私はまだいいのです。
なぜなら、長年あれもこれも話せないで自分一人で抱えなければいけないでいたプレッシャーが、私に物事の性質を熟慮させる機会を与えてくれたし、また具体的な話はなるべく避けつつも、部分部分は話してもいいような生き方と環境づくりを、いくらかは経験値で実現してきたからです。それでもなお不自由はありますがね。

分かりやすい話、堂々と語れないなら何かを発言するな、という感じでマイノリティーの境遇の人々への集団圧力がかかることはよくあるんです。
例えば、親子関係を礼賛するあまり、そうした愛情が確立されていない人間は精神的異常者であるように唱えて、虐待家庭の子どもが自分なりに孤軍奮闘して何かまた違った形の信頼関係や道徳を獲得することがあるのを度外視してしまう人々は本当に多いんです。そのような偏見・先入観に基づいた理論構築をして吹聴してしまう社会学者や心理学者、著名人、またそういう一般論にはキリがありませんし、LGBTやシングルマザーにも同種の心ない発言がよく為されます。
それでも、そういう発言をする人たちも大概は悪意がありません。知らないと分からない状況もあります。
ですが、だったら限られた情報から他人にあまり思い込みで踏み込んだ意見や態度を取るべきではないのです。

そうした行為は程度の差はあれ、まさにすべて偏見である、という一点だけは事実だと思います。
また、在日外国人が、犯罪者の家庭の子息が、異文化で暮らし育った帰国子女が、社会的に様々な差別や偏見にさらされるのは、社会に存在する普通の人々の、そういう薄くとも膨大な数量の小さな偏見が、社会慣習や公的制度の中に至るまで差別がのさばるのを黙認してしまうからでもあるのです。
そもそも臆面もなく思い込みで差し出がましい言行を取る人物は、横で見ていても始終ひどい横暴な行動を犯していて、決して罪がないとは言えない、ということも私は経験上知っています。

また、こうした人権意識的に低い社会風潮を助長しているのが、この国の権力構造であって、それが大衆社会に精神的視野狭窄を生み出している、とも言えます。
こんな閉塞感を一層増幅させているのは、欲張りな一握りの権力者たちの意図的な作為と良識面での怠惰・堕落に他ならない、というところを私たちはよく自覚して、ともに手を取り合い自分たちが抑圧されない世界を作り上げていくための目標と、そのための倒すべき障害を見定めていきましょう。
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by catalyticmonk | 2015-09-29 00:53 | 支配構造 | Comments(0)

日本における世襲型資本主義の復活

国立大学改革亡国論「文系学部廃止」は天下の愚策 - 内田 樹
http://lite.blogos.com/article/113789/

内田さんの読みは相変わらず鋭利ですね。

<これから何が起こるか、だいたい想像がつきます。まず地方の国立大学から定員割れ、募集停止が続出し、いずれ統廃合される。最終的に残るのは、最低のコストで日本中どこでも同じ標準的教育サービスが提供できる「コンビニ型」大学と、文科省がある限りの教育資源を投下する「グローバル競争に勝ち残れる」大学だけでしょう。教育の多様性が失われるだけでなく、子供たちの就学機会そのものが減少する。経済的な格差拡大と同じように、教育資源の分配においても少数の「超富裕層」と圧倒的多数の「貧困層」への二極化が起きるのです。>

大学に行っていない私でも、そんなふうになったらダメだって分かる。

内田さんは愛国主義者である彼なりの論旨でそれに懸念を示されている訳ですが、続けて書いてある言葉、「資産と文化資本を持った超富裕層の子供たちだけが、これから日本のエリート層を形成していく」には、<トマ・ピケティ講義> 第5回 「世襲型資本主義の復活」 ~19世紀の格差社会に逆もどり?~(http://www.at-douga.com/?p=13150)を思い出しました。

また、トマ・ピケティはその著書「21世紀の資本」で、現在の世界の富の集中の実際について、かつてマルクスが資本論の中で19世紀の西欧社会の過酷な労働搾取実態について糾弾したように、カルロス・スリムやビル・ゲイツなど世界企業や企業家たちの実例を様々に挙げた上で、同書463ページ末にこう記しています。
「資本収益はしばしば、本当に企業家的な労働(経済発展には絶対に不可欠な力)、まったくの運(たまたま適切な時機に、有望な資産をよい価格で買う)、そして明白な窃盗の要素を分かちがたく結びつけたものだというのが実情だ。」

新自由主義とは、詰まるところ、世界的なそうした世襲型資本主義復活の潮流であり、安倍政権もその流れの中にあって、明治憲法下でエスタブリッシュメントだった家族の子孫が、その伝統への回帰の論旨でそれを推し進めようとしているに過ぎません。
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by catalyticmonk | 2015-06-23 01:36 | 支配構造 | Comments(0)

支配の継承と八紘一宇

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昭和32年(1957年)9月、松永東文部大臣は衆議院文教委員会で、「戦前は八紘一宇ということで、日本さえよければよい、よその国はどうなってもよい、よその国はつぶれた方がよいというくらいな考え方から出発しておったようであります」と発言しました。
昭和58年(1983年)1月衆議院本会議では、中曽根康弘総理大臣も「戦争前は八紘一宇ということで、日本は日本独自の地位を占めようという独善性を持った、日本だけが例外の国になり得ると思った、それが失敗のもとであった」と説明しています。あの、タカ派が知られている中曽根元首相でさえです。
昨日の三原じゅん子議員の「八紘一宇」礼讃発言(http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015031702000140.html)と、それを許す現在の安倍政権の極右ぶりには、もう開いた口が塞がりません。

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3月16日夜の新宿ロフトプラスワンで、元自衛官の泥憲和さんはアメリカの軍事戦略に「低強度紛争」という定義があることを語っておられました。そこで語られていることがとんでもない。
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革命思想(単に社会主義運動も含む)は「観念的伝染病」だ?
それに武力行使するのは駆除するための「苦い薬」だ??
そんな考えでいるアメリカ政府こそ世界の猛毒でしょう。
同日に三原じゅん子議員が国会で言った「八紘一宇」礼讃とも大差がないレベルです。

と言うよりも互いに似た者同士なのでしょう。それぞれの思惑に応じて人民を支配がしたいという次元において、彼らは同類なのです。
ロフトプラスワンでも語られていたことですが、アメリカのアジア戦略、中国や朝鮮半島への防波堤として、アメリカが統治しやすいように、戦前の財閥や保守政治家に連なる人々が、自民党として形を変えて権力の中央に据えられた。今、国会にいる保守系議員の多くは、戦前からの財閥や保守政治家の子孫です。

福島みずほさんがこう仰っておられました。
「でも岸元首相の奥さんも、戦犯として夫が巣鴨プリンスに収監されている間は、自分の夫が殺されてしまうんではないか、と家族として大変ストレスフルな思いをしていたのではないか。それを孫である現在の安倍首相にも『おじいちゃんは悪くないんだよ、悪くないんだよ』と繰り返し語ったり、家族史としてそういう形で共有されていたのではないか。
これは私の勝手な想像なのですが、今の保守系議員たちは、戦後の財閥解体によって財産を失った財閥の子孫も含めて、そうした形で自分たちの家族のリベンジをしようとして、大日本帝国憲法に回帰するような動きを目指しているのではないか」

私もそうなのかもなあ、と他でも様々に聞いてきた話の総合として思います。
ですが、そこにあるものは愛国心などではない。支配したい者たちの、支配する利権の継承が当然と思っている者たちの、国益や、大多数の国民の暮らしや安全を無視したエゴが跋扈しているばかりです。
でなければ、なぜアメリカのアジア戦略に追随して沖縄の選挙で示された民意を無視してまで辺野古の海を埋め立てようと抗議者に日夜暴力を振るい、のみならず国連の許可を得ずにアメリカが世界中で起こす紛争の片棒を担ごうとまでして強い者の力のおこぼれに与ろうとするのか。

ですが、三原じゅん子議員はただの狂言回しの役者、権力者の一兵卒に過ぎないのでしょう。
主権在民という憲法の理念では、私たち国民の一人一人が主権者だ、主人公だ、と言っているのに、そのことを思えば権力に汲々とし追随する者は哀れです。
私たち国民は、誰もが公平に自分自身の人生の主人公です。支配など必要ありません。
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by catalyticmonk | 2015-03-17 00:39 | 支配構造 | Comments(0)


溢れ出る部分を勝手にやっています。異端者のあなた、多分私はあなたの味方か仲間です。 河元玲太朗


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