カテゴリ:経済開発と環境破壊( 3 )

まずは、都会がいいか田舎がいいか、ではなく

写真はイタリアのソレント近くバローネデイムリーニにある放棄された建物だそうです。「イタリアモス遺跡」などといった表現で観光アピールされているようです。
要するに、さして歴史的な由来が深いわけでもない、ただの廃墟。こういうものが美しいというだけで観光名所になるところにその社会の一つの文化度があるような気もします。

でも正直、日本にはこういったレベルの名もない美しい場所がそれこそゴロゴロあります。
やはり何を観光資源として活かすかもセンス、行政や企業、社会が持っている思想の問題だったりするのだろうな、と思います。
こうした種類のものが、今も日本では次々とセンスのない開発業者になぎ倒されて、地域の学童に危険だとか、経済効率が悪いとか言って、停まっている車もないのっぺらぼうみたいな駐車場や画一的なチェーン店だらけの地方になったりしているわけですから......。


私は団塊ジュニア世代なので(親が若い時に産んだ子供なので、本当の団塊ジュニア世代の集団は私より数年後なのですが)、私が育った時代の愛知県尾張地方には工場城下町的な郊外の粗野さはあったものの、名古屋市のベッドタウンとしてかなり活気がありました。

母方の実家に預けられて育った私には今そちらに実家と呼べる場所はないのですが、それでも親戚の法事などで向こうへ行くと私が育った70〜80年代の尾張地方より明らかに寂れていて驚きます。

町は小綺麗になっているし、私が育った時代にはなかったような大型スーパーや各種大手飲食チェーン店は街道沿いにズラッと揃っているのです。
でも、幼い頃にワクワクしながら冒険した廃屋や廃工場、苔むした祠の数々がすっかり消え、隅々まで妖しい陰を失った機能的ですっきりした田舎町は、私にはどこかハリボテの町のように見えてしまいます。
無意味にだだっ広い駐車場が大した駐車台数もなく増えていたり、古くて品揃えの少ない八百屋さんや自転車店、下駄屋がなくなって、何か土地に顔がなくなったような感じです。

なんだ、こりゃあ、と驚くわけですが、そこに昔からずっと住んでいる人々は便利になった、発展した、と本気で思っている様子だったりします。
道行く人も往時より減った印象で、それを叔母などに言うと、
「いやいや、そりゃあ高齢化で爺さん婆さんが増えて、足腰達者でない方も多なったで確かにそういう面もあるかも知れんけど、この町は名古屋市が隣だで人口も増えとるしね、栄えとる!栄えとる!
昔よりスーパーとかまとまった場所に便利なものが出来たで、家とそこを車で移動するっちゅうことが増えただけだて。ほーんっと、私らの子供の頃を思えば便利になって、天国だがね!」
などといった返答。

そこに住んでいる人々が便利になった、と本当に心から満足しているのならそれでいいのです。帰る場所自体がないとはいえど、出ていった人間である私がとやかく言う筋合いではありません。
しかし、自分の子供時代の友人達やその家族のうちで地元に残り続けている方々のその後を聞くと、なんか物悲しいトーンを話の全体から否応なく感じてしまい、決して利便性の向上と開発が薔薇色の世界をもたらしたわけではないのが分かります。
私の旧友達のその後の人生についてはトーンとして感じる傾向ははっきりあっても、人それぞれの人生なので詳しい言及は避けますが(大体、私も他人のことが言えた義理じゃない)、まず、歴史ある地域の伝統文化が随分形骸化してしまった様子で、あの口喧しいくらいだった私の子供時代の地域の老人達の元気さと威厳が見る影もなくなっていて、みんなやたら従順でおとなしくなっているのです。
介護施設とか地域の老人ふれあいセンターとか利用して高齢者同士の親睦も持っているようですが、とにかく覇気がない。
若者も同傾向にあるようで、管理教育の反動として校内暴力も猛威を振るっていた80年代の粗野なあの地域の若者とは別人種であるかのようにみんな優しくて、でも年が一回り以上離れているいとこなんかに聞くと「自分もこの町を出て行きたい」と言います。

高齢化が進んでいて、自ら新しい商売を手掛ける人も限られているし、外の世界もあまり知らないから、自分達の町に起こった変化を利便性や流通性の面だけで見ていたりするようです。なんとなく感じる寂寥感も含めて、これが近代化なんだろう、と解釈している様子です。

地域差もあるでしょうが、やはりこの国の、都市部への一極集中を前提とした近視眼的な開発至上主義、管理方式の経済的押し売り、といった問題は、総体的にもまだまだ大きいようです。
中央集権国家の周縁部が、そうした資本主義原理の功利主義によって行政からも大企業からも搾取されて、地域文化の凋落を招き、画一化されていく。都会がいいか、田舎がいいか、といった次元の二極化された単純な対立構造ではなく、そこが真の問題点なのだと感じます。


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by catalyticmonk | 2014-06-25 03:43 | 経済開発と環境破壊 | Comments(0)

郷愁

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インドや東南アジアの国々へ行くと、なぜか古い時代の日本を見ているような、郷愁と瑞々しい風情を感じたりします。そこには近代先進国に生まれ育った人間にとっては、なんとも言えず甘く、心の渇きを癒してくれる何かがあります。
しかし同時にそこは、野放図な開発主義が古き伝統文化やそうしたものを育んできた郷土の自然を、現在進行形で、まさに目の前で暴力的に破壊している現場だったりもするのです。ダムがどれほど生態系を破壊するかとか、ゴミを捨てたら環境が汚染されるとか説明しても、その国の社会の中で未だなかなか理解されないし、粗野な経済発展至上主義が大手を振って歩いている世界でもあります。
実際、私個人は、明治から続く親族経営の建設会社の家に生まれ、団塊世代の自分の親達以上の世代のそうした価値観に強く反発しながら育ったので、子供の頃はまだ田舎で残存していた古い日本の空気をありがたがるより、それを伝統の破壊されつつある真っ最中であるが故の時代の殺風景さと重ね合わせて、息苦しく感じている面が少なくありませんでした。
逆に、私の同世代でも東京などの都会で育った人達のほうが、そうしたものの価値を早くから再発見出来ている場合が多いようにも感じます。

日本の過去の時代に戻ったかのような開発途上国の民衆の活気や自然の美しさに触れると、自分の故郷が払った犠牲の大きさがどれほどのものであったか、つくづく感じさせられるところがあるのですが、高度経済成長期より後に日本人が学んで得たものもバカにしたものじゃありません。
経済利益最優先の無計画な環境破壊を間違ったことだと理解出来る庶民の中のリテラシーの潜在能力は、日本人の中でものすごく進化してきているとも感じます。失ってしまったものが大きいからこそ、それはとても大切に育んでいかなければならないものなのだと私は思います。そのことは実は決して小さなことではなく、これからの時代の大きな希望なのだと信じています。

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また忘れてはならないことは、例えば日本企業がインドネシアやパプア・ニューギニアなどの森林の無謀な大量伐採を助長していて、環境破壊を大きくしている現実一つ取ってみても、日本人は日本の中のことだけではなくて、そうした海外に向けても少なくない責任があるということです。

現地の人達には甘い経済発展の夢を与えてムチャな大量伐採を行なって、結果破壊された生態系や環境の中で向こうの人達の生活の場そのものを奪ってしまうような悲劇が現に起きています。日本の企業や現地政府からお金を貰って裕福になるのはほんの一握りで、大部分の貧しい人達は生活の糧を得ていた森や、豊かな自然環境そのものを失って、彼ら自身の伝統文化も危機に瀕しているという...。
現地の人たちが「発展」に夢を持つのは自然な事だと思うけれど、弊害の方にはなかなか目が向きません。その国に住む人たち自身の意志を尊重しながらも開発の弊害をどううまく伝えていくべきかがすごく重要なんだと思います。
しかし、もっと困ったことは、そんな現実を当事者の日本人はほとんど知らないでいて、「もっともっと」と使い捨ての大量消費を無思慮に続けている面があることです。

それでも、すでにそうしたことの害悪について気付いている人達も今の日本にはたくさんいます。
また、気付いていても自分は何をしたらいいのか分からない、あるいは変わりようがないからと諦めている人も大勢いるでしょう。だからこそ、そういう情報やメッセージを、まずは一人一人が可能な範囲で発信していくことにはとても価値があります。
最初は意見を伝えるだけだったのが、同じ考えの人間が見つかれば次は具体的な行動へとつながるかも知れません。一人の人間がすぐに政府や大企業を動かすことは容易でなくとも、それは非常に可能性のあることだと思います。自分一人の力ではどうにもならない、と簡単に諦めないことこそを、私達は自分達が再発見した価値あるものの持続と未来のために思い出す必要があるのではないでしょうか。
私自身はこれからも自分にそう言い聞かせたいと思っています。
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by catalyticmonk | 2014-03-11 00:46 | 経済開発と環境破壊 | Comments(0)

偉大な日本の自然について思う諸々

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本当は、日本の海だって、例えば戦時中に水木しげる翁が行ったパプアニューギニアのソロモン諸島周辺みたいに、ワイルドな自然が残っていたら最高だったでしょう。もちろん私の知る世界が狭いだけで、北海道や四国、九州、沖縄に行けば凄い海があるのかも知れませんが。
でも、とにかく人間て海のほうが色々便利だから、山より海から開発していくんですよね。
そして平野部は灌漑農業で大規模に切り拓かれ、森は切り倒されて住宅地やベッドタウンとなり何千年……。我々はそんな末の世を生まれてきて生きているわけです。

ごみごみした人のひしめく浜辺にわざわざ行って、ナンパだの酒だのね。そりゃあ、自分も酒だって少しは飲むし、若い女の子の水着姿は目に刺激物ですが、なんだろなあ、って思うんです。
真夏の砂浜のほうが冷たい飲み物も必要になるし、社交の場を提供するために高くてマズイ料理の店でも繁盛するし、自然をリスペクトする気持ちや動機のこれっぽっちもない連中でも余暇を謳歌出来て、経済も回ります。自然を無遠慮に消費してでもね。
そういうのが今ひとつ好みじゃありません。

ま、私もそんなにストイックなわけでもなくて、自由で開放的な雰囲気も大好きだから、萎びた、密やかな海辺なら大歓迎なのです。でも、海のほうが商業主導の開発(及び環境破壊)に蹂躙されやすい性質があるとは感じます。
だから自分の趣味趣向としては、山だ、山だ、と連呼することになります。特に東京に住んでいると。
日本は山に行くとまだ豊かな自然が残っていて、無数の精霊が、様々な時を生きた人々の残留思念が、そこら中に溢れかえっている気がするんです。

e0296801_0333925.jpgこれは日本が湿潤な気候だというのも大きくて、あと、明治以降は自国の森林に手をつけるより東南アジアの資源に依存してきた、というのも理由なのでしょうが、とにかく商工業が極度に発達した国としては異常なほど森が残っています。
他の先進国なんて、たいていみんなつるっぱげですよ。開発途上国でもどんどんひどいことになっていますし。

これだけ豊かな森林が残されているのは、日本人がそれだけ自然をリスペクトしてきたからだ、っていうのは大嘘だと思います。日本人も後先考えない、かつ自分達の歴史や文化・伝統に対して不敬極まりない凶暴な開発をしてきたし、残念ながら今もそれは続いているんです。
「国土建設に貢献した」って天皇陛下から何度も勲章もらってるような親族経営の土建屋の息子の自分が言うんだから、それは間違いありませんよ。
まるっきり誇れる話じゃないですけどね。シャレじゃなく人を殺すことも何とも思っていないような方々でしたしね。戦前は満州での開発を大規模にしていましたから、終戦後引き揚げてくる際には中国人の村を襲撃しながら帰って来た、って、そんなことを法事の時に自慢気に語る人達なんですよ。元々任侠人上がりの家系だし。

明治以来、うちの一族が霊気に満ち長い歴史を持った数々の山奥の村をダム湖の下に沈め、森をなぎ倒し大地を削って多くの橋や道路を作ってきたんです。自分の一族が異常なまでにガン家系なのも、そうやって穢してきた無数の彷徨える森羅万象の祟りなんじゃないか、って自分は本気で考えています。

十年ほど前のお盆に故郷の墓参りに行った際、歴代の一族の墓石が並ぶ一角に、うちの親族会社の土木工事で物故した作業員を弔う墓石があって、まるで顧みられもしない様子でしたから、私は何か痛々しい気分になって、そこに一人で一生懸命お参りしたのですね。そしたら即でした、凄い圧倒的な冷たい電流みたいなのが頭や背中から全身に入ってきてね。なんか涙が出てきました。
ですから、自分は一族の犯した過ちとその背後にあるものに気付いて、失われた部分の「何か」を発掘することこそ自分の人生で課せられた役目だと思っているところがあって。だから、私にはそういう役目があるのだから、一族全体への祟りであるガンでは死なない、と図々しく思っています。いささか最初になる年齢が早かったようですが。
まあ、私の中の都合のいい誇大妄想と言うか、勝手な神話がそうなんだといいことでいいんですけど。

でも、何はともあれ、それでもこれだけの美しく霊気に満ちた自然がまだ日本には残っているのですから、我々はそこから学んで文明の形を軌道修正するべきですし、そうしないともったいないと思えてなりません。
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by catalyticmonk | 2014-03-10 23:43 | 経済開発と環境破壊 | Comments(0)


溢れ出る部分を勝手にやっています。異端者のあなた、多分私はあなたの味方か仲間です。 河元玲太朗


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