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孤立死について

孤立死弔う僧侶「便利な生活を追求してきたツケが…」
http://jisin.jp/serial/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84/social/6899


「私は、孤立死を全否定はしません。あえて独りで亡くなることを選択するのも、一つの生きざまです。でも、僕が見た孤立死の現場では、ある共通点があるんです。多くの故人が、柱や家具につかまって、玄関に向かおうとしてこと切れていました。つまり、最期はSOSを出していたのです」

誰でも孤立死しかねない時代、身につまされる内容でした。

ただ、レポートとしては興味深い内容でも、「便利な生活を追求してきたツケ」といった見出しは孤立死する人々が皆自業自得であるかのような響きがありますし、家族回帰志向的な価値観を仄めかして無縁社会の困難と解決策をストレートに個人の努力の問題に帰してしまっては、やや一面的でしょう。

日本は国家全体としては裕福でも経済格差も激しいわけですし、貧窮した暮らしの中には様々なバリエーションが存在しています。
親や自分自身が借金を抱えていて絶縁せざるを得なかった、施設や親戚の家で育って今は実家がない、親がヤクザだ、貧乏な人ほど家庭の事情もいろいろあるわけです。
個人の努力不足で孤立死に向かっていくわけでもない、それが不回避と言っていいほどどん底の境遇で暮らす人々も数多く存在する現実があることを忘れてはならないでしょう。

テレビの報道番組などでもよく感じることとして危惧する部分を率直に書かせていただくと、どんな記事でもリアルなレポートとセットにすれば単に「おまけで私見も述べてみた」という以上の説得力・影響力を持ってしまう面が当然あります。
そこで一面的な言説を張ってしまうならば、困難な環境・立場の人々に対する無用の偏見を生む可能性や要素も高まってしまうはずですから、そこには留意する必要があると考えます。


それにしても孤立死を現代社会から減らしていく、というのは難しいテーマですね。
例えば私自身もガン患者で、自分では快癒して百歳まで生きるつもりなのですが、それでも相手への責任を考えたら病気というリスクを抱えて再婚ということは考えられないので、現時点で子供もいないですし、やはり最期は孤立死する公算が高い、と明瞭に認識しています。

福祉の発達した北欧では、家族に介護する意欲があっても親のほうから進んで介護施設に入り、高齢者同士の共同体を楽しみ、かつ年老いた自分が家族の負担になっていると感じないでほど良い距離で親族と交流していくのをよしとする風潮が強いそうです。

一人で亡くなる本人は死んでしまえば関係ないから良くても後片付けする立場の人間が辛いんだ、といった状況も描写されていますが、これもそもそもそういった制度が十分に整備されていないが故の不都合である気もします。
大体、亡くなる方々は生きている間は人それぞれの形でこの社会に貢献していたはずなんです。
独り身になる前は家族を養い、父母として子を育て、働いて税金を納めていたはずです。仮に床に臥せっている年月が長かった方でも、人間というのは生きているだけで実に多様な働きをしているものなんです。

それが病気や障害を負ったり、年老いたりしたら厄介者扱いするのは、そもそも社会的動物である人間という生き物にとっておかしなことではないでしょうか?
私達は互いに助け合うことで巨大な社会を築き、現在の文明の恩恵のすべても手に入れて来たのです。福祉の受け皿が一部の人間の負担に偏らないように用意されていって当然なのです。

もちろん現状、日本がそこまでいくには社会が弱者切り捨てという真逆の方向に向かっている気配ですから、まだまだハードルが高い気がしてしまいます。
まずはその社会全体のハードルを少しずつ突き崩して行く活動に可能な範囲で関わっていけたらいいな、と私自身は考えています。
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by catalyticmonk | 2014-07-30 00:30 | 無縁社会 | Comments(0)

経済と個人の実存

本当に貧困問題、お金に纏わる実感に即した感想・意見を書くのが一番難しいですよね。あまりにシビアで切実過ぎて。
当然、自分の生活感に即した視点で貧困問題を見るのが最もリアルなんだけど、明らかに自分よりさらに貧しい人達がいる訳で。

自分がこんなの不公平だね、と思うところを表明してももっと貧乏な人がいて、偉そうなこというな、という部分がでてくる。
私が自分の持っているすべてを他人に提供するまでしないでも、自分自身も色々足りないのは感じているから、ぶっちゃけ余裕・ゆとりの範疇で人様のためには捧げれない。そもそも全部捧げたら自分が社会活動に貢献出来るような生活を再生産することが不可能になる。
でも、個人が自力で本当に大きな資産、他人に心置き無く奉仕出来るほどの利益を蓄積しようとしたら、まずシビアに利潤を追い求める姿勢を徹底して身につけなければ無理なんですよね。

つまり、それは不可能なんですよ。
資産家の子女に生まれたり、玉の輿、逆玉の輿に乗った人間だけが、資産を持ちつつそれを公共の福利に提供する道を検討する最初のスタートラインにつける。
本当に「お金」の問題は私達にとって、あまりに大きい。
私が愛だと信じていた関係も、自分がガン告知を受けたら相手家族に経済的責任ということを問われて、告知の三ヶ月後に離婚しました。でも、家族関係はまず「責任」ということで、経済活動によって動いている世界の中で私はそのことを他人に文句を言うわけには行かない。やはり社会構造の問題なんです。
つまり、必然的に個人間の感情関係から社会構造に目を向けざるを得ない次元に送り込まれた。

でも、そういう人生模様はこういう社会である以上、無数に存在していると思うんです。
そういう構造上の弊害を自分自身の懺悔とか他人への恨み辛みといった次元に落とし込んだら、それ自体が自分の人生が見えない何かに操られていることになるわけで、私はそれを残された時間の中で粛々と甘受出来るほど従順な人間ではなくて。

ああ、悩みが尽きないので、私は未だ謎だらけの「資本論」をまた手にして考えることにします。
こんな読みにくくて難解な本、よほどの動機がなければ誰も読まないと感じるのですが、あまりに私達の生命、人間存在が経済に縛り付けられている故に、この書物は未だに読み継がれているのでしょう。
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by catalyticmonk | 2014-07-27 23:54 | 経済と個人の実存 | Comments(0)

太鼓持ち芸人と全体主義の推進

「AKBに一流品はいないが…」 麻生副総理がAKBで「日本の底力」を指摘
2014.7.22 17:54 [安倍内閣]
 「AKBにはひとりでは一級品はいないが、まとまったら一番いい」-。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140722/plc14072217540017-n1.htm

「麻生太郎副総理兼財務相は22日の横浜市内での講演で、AKB48を引き合いに日本人が結束して取り組んだときの強さを指摘、ものづくりによる経済再生、地方の活性化に生かすべきだとの考えを強調した。

麻生氏は『日本を象徴するおしん、なでしこ、AKB48この3つの共通点はひとりで一流品はいないことだ』と“指摘”。そのうえで、AKBについて『(海外の芸能人のほうが)プロポーションもいい、歌もいい、顔もきれい。プロに聞いたらみんな言う。しかし、せーのでまとまったら必ずAKBだ』と述べた。一致結束したユニットとして人気を誇るAKBに日本の底力を見たようで、『日本人は体格的には劣位でも、まとまって行動したときは間違いなく強い』とも語り、ものづくりを中心とした景気回復や雇用の創出で経済再生や地方活性化を実現していくべきとの考えを強調した。」


うーん、ええとお。
反吐が出そうですね。
すみません、下品なこと書いて。麻生氏の言葉があまりにお下劣だったので感化されてしまいました。

憲法を学ぼう!みたいな本に出ていて日本国憲法を暗唱出来るAKBのメンバーがいる、と昨日話題になっていましたが、麻生太郎氏が「日本を象徴するおしん、なでしこ、AKB48。この3つの共通点はひとりで一流品はいないことだ」「(海外の芸能人のほうが)プロポーションもいい、歌もいい、顔もきれい。プロに聞いたらみんな言う」「日本人は体格的には劣位でも、まとまって行動したときは間違いなく強い」などと言うのは本当に僭越と言いますか、何様のつもりなんでしょうね。
「一致結束したユニットとして人気を誇るAKBに日本の底力を見たよう」とヨイショするこの記事自体が気色悪いです。まさに全体主義の奨励ですね。
こんなものに乗せられてはいけないと思いますし、その意味で道具にされている彼女達一人一人には悪気がなかったとしても、AKBも、ももいろクローバーZも、椎名林檎も、その他諸々の太鼓持ち芸人が日本国民の劣化を助長してしまっている現実は否めないでしょう。
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by catalyticmonk | 2014-07-24 01:57 | 太鼓持ち芸人 | Comments(0)

被虐体験と暴力の連鎖

背伸びしたって仕方ありません。私は、多分、なんとなく相手の横柄さを引き出してしまうような無防備な隙や不器用さがたくさんあって、要するに舐められやすい癖に、まさにそういう侮辱的な扱いには一番我慢がならないのでよく喧嘩になります。

なんか、こういう自分にどこか似た性質の人達を知っている気がします。
そう、イスラエル人。
私はインドの瞑想センター、アシュラムなどで文字通り長期間彼らの多くと寝食を共にした体験があるので、同棲したこともなく週末にデートするだけの恋人同士よりは彼らと近かったです。

孤独好きのイスラエル人というのもかなりいるのですが、典型的なイスラエル人は、ゴロツキ風で騒々しくいつも集団で固まっています。
ここが一つポイントで、
①仮に直接親しくなった最初の一人が比較的温和な東洋哲学や瞑想などの精神修養に関心のある真面目な青年だったとしても→
②その彼を通して紹介されるインドに大挙して来るイスラエル人集団とも自然と交流する流れが通常、ということです(笑)。

また、粗野な物言いをしたりガヤガヤと喧しいことが多い上に、卵が先か鶏が先か、みたいな話で、実際マイノリティーで長年西洋社会で差別も受けて来ているので基本、全般的に被害者意識が強く、若い連中ほど何かやられそうになったらイケイケドンドンで対応しようとします。二十代半ば過ぎくらいでたいていはかなり落ち着いて来て、聡明な人格者の方も大勢おられるのですが。
やられる前に先手を打ってドシドシ反撃しなければマズイ、という、虐げられた経験のある人間に特徴的な行動パターンを彼らはよくします。

なので、その押しの強さが彼らのバイタリティーや商売上手さにもつながっているらしいのですが、とにかくあちこちで小競り合いを引き起こします。
インド人も商売やサービスの上で世知辛いことが多いので、大概はそうしたレベルの買い物がどうだったとか、部屋の設備を壊して揉めるとかいった程度の、比較的平和な騒動で済んでいましたが、現地人のレストランの店主が私にこう愚痴った言葉を思い出します。
「インドは俺達の生活の場であって、パレスチナやシリア、中東のどこかじゃない。イスラエル人のアーミーキャンプじゃないんだ!そう、あの馬鹿どもに言い聞かせてやってくれ」。
私は現地の文化学校や瞑想センターにいた立場上、そういう仲裁役になることが多かったんです。日本社会ではどうも貧弱な社会性しか発揮出来ない自分が、なぜかインドではかなりの社交性を発揮していたので、私もそれが子供みたいに嬉しくて、面倒な役でも熱心に引き受けていた部分はあります。

また、そういった困った人々が乱暴者かと言うと必ずしもそうでもなくて、一人一人が怯えた子供のように赤裸々に臆病だったりするので、彼らのそういう性質を毛嫌いせずに人間として向き合いさえすればすぐにマブダチ扱いしてくれて、今度は自分達の仲間に引き入れようとやたら持ち上げ出します。
政治とか歴史とか難しいことを抜きにしても、彼らのそういう行動パターンを知っていれば、どうして長年西洋社会の反ユダヤ主義によって散々差別虐待されて来たはずの彼らが、今度はパレスチナ人に対して同様なことをしてしまうのか、自分の友達の誰と誰のウマがどうして合わないのかがピンと来るような、日常対人関係の次元として分かります。それも結局また、卵が先か鶏が先か、みたいな話なのですが。
先述したように、彼らは貫禄のある大人になるのも日本人よりずっと早いのですが、そういう年配者でも親しくなってみるとやはり年の功で慎重さ・慎み深さを身につけた以外は中身は大体同じであることが分かります。

ですから、似ているように感じたと書きましたが、私でも彼らほど止まらない勢いの塊ではないと感じる面があります。
と言うより、彼らのように自分が身を寄せ団結出来る共同体もなかったので、もっとどこかで妥協したり折れたりすることも学ばなければ生きて来れなかった、という違いかも知れません。

私は本来的にはナイーブな人間なので、読書したり山歩きしたり、文章や絵を書いたりして発散する、といった気晴らし方法をよく選びました。静かな環境や気分に自分の心身を持って行って平静を取り戻そうとするわけです。もっと単純に、不愉快な出来事があっても美味しいものを食べてケロッと治る、ということもあります。
それでストレスを解消出来る程度には平和の国・日本に生まれて恵まれた人生だった、ということかも知れません。
ユダヤ人も自分達を守るのは自分達しかいない、という強迫観念がなくなれば過剰な防衛反応を取らなくなるはずです。そういう方向に民衆を誘導している宗教権力や一部のお金持ちこそ真に問題ではあるのでしょうが。

結局、まさに「やっぱり愛だよ、愛」、というところなんでしょう。
ただ、シンプルだけれど同時に難しくもある話です。その「愛」を効果的に広め実現する方法は、となると私には未だに自信のある答えが見つかりません。
それは日本国憲法の9条を守ることなんでしょうか?
イスラエルに武器輸出をするような政権を倒すことなのでしょうか?
世界革命を起こす連帯を築くことなのでしょうか?
みんなが憎しみ合いを忘れるほど素晴らしい音楽や芸術を生み出すことなのでしょうか?
それとも世界中の人が愛し合って混血し、近い将来に一つの民族になることなのでしょうか?

残念ながらそれらが魔法の特効薬になるほど現実は理想主義者に甘くなくて、どれも十分な答えでない気がします。
ですが、こう素直に言うところから始めるしかないのかな、と感じています。
「私もこうすれば現実の問題がすべて解決されるというような魔法の解決策は分からないし、答えを探しているんだ。でもそれは自分も他の人も差別や虐待、暴力に苦しむことのない世界を望んでいるからなんだ。だから一緒になってその答えを考え探してみてくれないか」、と。
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by catalyticmonk | 2014-07-24 00:14 | 反戦 | Comments(0)

「女の子らしくしてみて」


「女の子らしくしてみて」の問いに小学生の女の子が見せた意外な行動とは?


「らしく」なければならない、というのは本当に馬鹿げた偏見だと思いますし、世間でよく為されている未婚男女に向かってする「早く結婚しなさい」「早く子どもを作りなさい」といった発言もセクシャル・ハラスメントそのものですよね。
そういう富国強兵政策みたいな性差による役割分担の強調は、結局人間存在の家畜化・侮辱であって、人間の生命を脱脂粉乳みたいに水に溶かして増やせば本物の牛乳と価値が変わらないと言うのと同じくらい粗雑な発想で、それで中身のある人間社会が築かれるはずがありません。

ですから例えば一部の若い女性が女子高生という、自らの性が商品的なブランド化された文化の中に進んで身を置いて、自分自身の存在や人間としての尊厳が何なのかを見つめ直したり、人間としての品性を学ぶことが後回しになって、知らない間に搾取する側にとって都合のいい人間になってしまう。ブラック企業そのものであるAKB48に憧れて自分の純粋な夢や希望をそこに託して主権在民を破壊するような時の政権の広告塔になる。
だとしたら、そうした若者も完全にこうした社会構造の犠牲者なわけで、昨今の日本の女子高生など若い女性の集団の電車や街頭などでの傍若無人かつ横暴な振る舞いを黙認することが男女平等につながるわけでもありません。

ただ、注意したら逆恨みされて痴漢冤罪で逮捕された男性などもいるので、どちらかと言うと私は狭い満員電車の中で毒々しい感じの女子高生のグループに取り囲まれていると途中下車してしまうことがあるほどなのですが(全然ダメですね)。
それでも順当に考えていけば、まず一人一人の個人が公権力や社会風潮によって狡猾に家畜化されている実態に気付かなければ始まらないし、そのからくりを分かりやすく繰り返し指摘して周知していく重要性は、人権意識や男女平等の理念へのリテラシーを高めていく上で当然必須のことだと考えています。
ですから一旦議論になれば私は相手が誰であろうと、何人いようが躊躇しません。

この動画の中でも、そうした社会的な刷り込みを受けていない幼い女の子の方が聡明な意見を述べています。
「“女の子らしい”のは、良いことですか?(Is "Like A Girl" a good thing?)」
「私は実際それが何なのか分からないわ、本当に...。もし、それ[そういう設定や捉え方自体]が悪いものか良いものかと言ったら、なんだか悪いもののように聞こえるわ。(I actually don't know what it really... If it's a bad thing or good thing. It sounds like a bad thing.)」

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by catalyticmonk | 2014-07-23 02:34 | ジェンダー | Comments(0)

表現の自由と「ワイセツ」

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私も性が商業化することによって個人がどんどん非人間的な扱いをされていってしまうような性の野放図な商品化には反対でも、表現の自由としての「ワイセツ」は、それが興味を持った人だけが自主的に鑑賞出来る形態であれば問題ないと思います。
功利主義には甘く、個人の尊厳・権利・自由には厳しい規制のあり方、それはどんなモラルも齎しません。
そんなの、ただ権力者が支配したい民衆を締め付けるための都合のいい口実になるだけじゃないですか!

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by catalyticmonk | 2014-07-23 02:04 | 表現の自由 | Comments(0)

今、世界平和のために私達が出来ること

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イスラエルのガザ地区空爆に対しては、銃で脅して、虐殺して、それで反撃されたら幌馬車でネイティブ・アメリカンをまた虐殺しまくるような、西部劇式のユダヤ人の強引な入植行為がそもそも理不尽だったんだという意見、パレスチナのテロ行為こそが脅威を作り出しているのだというイスラエル側を擁護する主張、色々な考えがあるようです。
私個人の考えは最初の意見に近いのですが、もう入植してそこに住んでしまっている人々にも目の前の現実の生活があるので、そこに暮らしている人達の目線と政治レベルの正当、不当の議論には絶えず落差もあるものだと思っています。

例えば私が個人は日本の今のアベノミクスなんて評価に値しないと考えているのですが、企業経営者の家族で、そうした恩恵を蒙っている上品で心底優しい人物が、単純に安倍政権支持だったりもするわけで。
そういう人達にいきなり政治レベルで自分の主義主張だけしていってもなかなか伝わりません。
いや、自身で大切なことだと感じるはもちろん主張していくべきなんです。
ただ、そこだけで色分けしてしまってもいけないな、とは思うのです。
私が今こうした意見を個人的に書いているのは、主にイスラエル側に立った人々から政治的な議論をされたのが直接の動機なのですが。

イスラエルとパレスチナの争いは、政治レベルで見ていけば様々な見解があるでしょうが、そこに巻き込まれた双方の民衆の暮らしは、みんな自分達の守りたい生活があり、目の前に爆弾が落ちてきて家族が死んだから復讐する、それを自分が所属する宗教組織や社会集団が何千年も続けて来てしまった末の中の現実にいる、といったこじれにこじれた状況の中にあるわけで、そうしたものがまたこういう戦争を後押しして行くのだと思います。

そういう庶民の気持ちを考えないで、例えば「イスラム国家は政教分離していないからいけないんだ」、「パレスチナ人はハマスを追放すればすぐに戦争を終わらせられるんだ」、などと叫んで、政治的に片側の言い分を支持してみたところで、日々罪のない庶民が虐殺されていく現実は変わらないんですね。イスラエル人の生活を全否定するわけにもいかないでしょう。
私達は何よりもまず一般市民に対する殺戮を止めさせなければいけない。どんな政治上の駆け引きも主張も、それを支える一般市民の命を奪ってまでどんな正当性を持ち得るというのでしょうか?
はっきり言います。この世に存在するどんな思想も信条も、人間の生命よりは尊くありません。そうしたものは、どんな精緻な理論だろうが崇高な哲学だろうが、結局はたかが人間の頭が内外の世界を把握・制御するために便宜的に作り出した小理屈に過ぎないんですよ!
人間の頭が作り出したそれが、人の命を奪えるだけの権限を持つのであれば、それは人間という動物が自然の摂理に反して自らの奇妙な性癖のために発狂しているのです。

無力な人々が政治や宗教やお金の力に翻弄されて人の命が奪われるのを回避しなければいけません。そうでなければ人間が人間でなくなってしまうからです。
人を愛することが出来、言語や文化の違いを飛び越えて同じ音楽を楽しみ、同じ自然を眺めてキレイだねと各々の言葉で言って、目と目で通じ合うことの出来る神々しいもの、それが人間というものなんです。

政府と、その元に暮らす庶民を同一視はしないで、イスラエル人も、パレスチナ人も、彼らと順々につながっている世界中の人々も、殺し合いのない、人が爆弾で死なない、家族や友達を殺されたから殺し返すんだと思わなくて済むような、平和な世界を求めていくことが何よりも最優先事項なはずです。

そのことを忘れないで、私達日本人は憲法9条は世界の宝なんだ、と胸を張って守り続けていきましょう。それを破壊しようとする政権にはNOとはっきり言いましょう。
イスラエル政府の戦争支援をする企業の製品の不買運動も可能な範囲でどんどんしていきましょう。
そして互いに憎しみ合う人々に、「私はあなたの命の味方なんだ、だから一緒になって銃を持つことはないけれど、私の国があなたの暮らす場所に落とされてしまう爆弾や兵器を輸出してお金儲けをすることがないように、全力でそれは止めさせます。あなたと私が殺し合わなくて済む世界を目指します。そうした形であなたの命を守ります」、そう自信を持って言えるようになろうではありませんか。

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by catalyticmonk | 2014-07-16 00:23 | 反戦 | Comments(2)

「嫌中憎韓」本ブーム

中国や韓国を批判する「嫌中憎韓」本の売れ行きが好調な出版界。
こういった出版物がブームになること自体、日本人の恥だと思うのですが、それでも相手の意見も知ろうと我慢して読むともっと許し難く感じる部分。それは、自国民の性質の優越性を強調するために、日本人の感性そのものが道徳的に勝っているかのような論調です。
あー、こういうので単純に日本人の美徳と、それ以外の野蛮な人々、みたいなことを信じてしまう人間がたくさんいるからブームになっているんだなあ、と伝わって来て、それが一番情けないです。

日本人は奥ゆかしくて協調性があって、中国人、韓国人は自己主張ばっかりして品性下劣な卑しい連中だ、と臆面もなく露骨に書いてあるわけですね。
それが日本特有の性質に過ぎないことをぼかすために、ネイティブアメリカンの叡智の言葉みたいなのを引いてきてみたり。
ああいう人達の精神論は協調性と慎み深さ、戦士の美学などを語っていて、古くからあるアジア型の共生社会道徳と理念が似通っていますから、都合がいいのでしょうが、それを言うのなら例えば同じアジアでもインド人ならガンガン喋って相手もガンガン言い返す、というのが標準ですし。

どちらの価値観・スタイルも否定しないのですが、今、問題なのは悪利用されているのではないか、という点です。
奥ゆかしく荒波を立てない道徳性を強調すれば、かつて儒教道徳が封建社会の維持に都合が良かったのと同じで、それを精神論で個人にもっともらしく説いたり、社会全体の一般的了解とすることで、集団圧により、相手が意見するのを圧殺する面もあると思います。
それだと、ちょっと変わった来歴や感性の人は実際相手に十分な説明や対話をする機会が与えられない。黙って多数派に従え、ということになります。
みんな、「黙っていても察することが出来る範囲での個人差」のうちに収まっていないと社会から叩かれる、という状況に知らないうちに洗脳され抑圧されているのが日本人の協調性の高さの正体だったりもするわけです。

だから、奥ゆかしく協調性があるはずの日本人が太平洋戦争でアジアの他民族・他文化に対してあれほど暴虐卑劣な行為が出来たのです!
だから、今も犯罪者の家庭にたまたま生まれたり、性的マイノリティに生まれたりした方々、在日外国人、中でもアジア人の子供が酷い差別やいじめを受け続けているんです!

日本人自身も、自分たちは中流だ、なんて従順に思っているうちにどんどん悪賢い財産や権力を持っている人たちに出し抜かれて、格差社会が広がっていますから、それで初めて一般の多くの人々が、自分たちがいじめられる側に回ってきたことをようやく気付き始めているのが今なのだと思います。


自分の目先にある現実より、外の少し距離のあるものの方が理解しやすい、若しくは今ここにある生活は簡単に捨てられないから外部のものへその不満を投影し、怒りをぶつけてフラストレーションを解消する、ということは、人間のみならずすべての生き物の心理作用の基本です。
私だって自分の育った家庭が普通でないことに思春期の頃に悶えて、それを解消するために心理学の本を読み漁りました。アドラーやマズローやユング、その他フロイト派の多くの心理学者の著書を読むことで、自分の生々しい葛藤を一段論理的な次元に引き下げてクールダウンさせて凌いだのです。

でも、そうやって外のものに投影する時に、それによって自分の心が整理出来たり、精神が豊かになるようなものに関心を求めるのが重要なんだと私は考えています。
北朝鮮や中国などが独裁国家だ!と煽る権力のプロパガンダに乗せられて、自分の住む国の独裁を野放しにしてしまうようなフラストレーションの解消方法では、根本的解決に近付いて行かないわけです。

こんなブームに乗せられて苦しむのは、結局自分たちです。自国民の優越性を他国を貶めることによって確認するような行為の愚かに気付き、世界中の人たちとフラットな心構えを持って本当の意味で仲良くしなければなりません。
だから集団的自衛権の行使なんてとんでもない、そういうことに今、私たちはもう目覚めなければならないんです。
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by catalyticmonk | 2014-07-12 09:32 | 嫌韓嫌中 | Comments(0)

食品添加物

臭素酸カリウムは世界中で使用が禁止されている食品添加物で、自然界には存在しない強力な発ガン性物質です。ところが食品の安全基準の危うさが再三日本の報道でも取り沙汰されている中国ですらそれを使わない猛毒の使用が日本では認められていて、ヤマザキは堂々と使用しているようです。

私の貧しい経歴をあまりバラしたくはないのですが、ヤマザキのパン工場で働いていたことがあります。
工場中、酷い臭いでした。臭素酸カリウムがどうと言うより、気が滅入るほどとても薬品臭いのです。
私は主にコンビニの弁当やおにぎりを作る部署にいました。食材は床に落としても消毒液を付けてそのまま使ったりしていました。弁当詰めの際にはタイムウォッチを持ったタイムキーパーがいて、如何にノルマの時間内で素早く弁当詰めの数をこなすかが最優先課題なのです。
狂ったようにビニール手袋に大量の消毒液を吹きかけ続け、弁当箱に詰め込む食材に狩りの獲物のように飛びついて、時間内に幾つ出来た、捗った、捗らなかった、と言っては一喜一憂します。全ての食材が消毒液まみれでした。
添加物以前に、その現実だけで、以後、私が一切のコンビニ弁当を食べなくなるのには十分過ぎる理由となりました。

それでも私は41歳でガンが発見されました。
喫煙をしない、酒も軽く嗜む程度、と言ったら医師に驚かれました。どこか海外でお暮らしになっていましたか?と問われるので「インドに住んでいた」と言ったら、「どこか、川のそばに住んでいらっしゃいましたか?」と聞かれました。
私の父方の家系はガン家系なので遺伝的要因もあるでしょうし、母も膠原病という免疫不全の難病だったので、当然複数の原因があると思います。しかし、医師が主に何かの有害化学物質の影響を一番に想像しているのは会話していて伝わってきました。

別にヤマザキパンのせいだなんて言うつもりはありません。ですが、まさに食品から日々の暮らしの中で取り入れていた有害化学物質は多かったのだろうな、と思います。
なので、ヤマザキが世界中で禁止されている臭素酸カリウムを使用していて、それが強力な発ガン性物質だ、ということを知ったら何か書かずにいられませんでした。

私は、それでもインドでの影響が大きく、現代日本人としてはかなり化学調味料などを避けた食生活をしている方だと思います。また、前の奥さんもインド料理を研究していたので、毎日の食事にはとても気を遣ってくれていました。
様々私に至らない点があったのは書くまでもありませんが、離婚する時の理由の一つとしてあげられたのは、「私の食事でも玲さんをガンにさせてしまった」という彼女の挫折感。彼女とはガン告知を受けた三ヶ月後に離婚しました。

私は彼女の手料理にはとても感謝していたので、そんなことはないと思っていますし、そんなふうに彼女に思わせてしまった自分が悪いんだと考えていますが、とにかく健康でないと金銭的な問題や先方の家族の心象もありますから、現実的にも人生はなかなかうまく行きません。健康であることが何より大切なのです。

何が大切かがよりクリアになったという意味でも、今、私自身は結構楽しく生きています。
ただ、やはり、お金儲けや便利さのために健康につながる価値を捨てたり軽んじる、というのは、結局人間として大切なもののすべてを失うことにもつながりかねません。私はそれを、自分の身を以て知った実感として声を大にして叫びたいです。
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by catalyticmonk | 2014-07-12 09:25 | 食品添加物 | Comments(0)

集団的自衛権というもの

もう一度確認しておきます。
戦争なんて簡単にはならないし、徴兵制になるかもなんて、あなた達、ちょっとヒステリックでしょう、みたいな方がまだ一部にいるようだからです。
確かに地方ほど東京の中央で行われている政治的な意思決定が遠くの間接的な事柄に感じるようですし、それはこの国の行政管理と文化的発信源が極端に都市部に偏った、トップダウン式の中央集権国家であることを考えれば、仕方のない面もあるかも知れません。
特に高齢者の方で、テレビや大手新聞の報道だけを情報源にされている方ならなおさらです。
そういう方の耳や心に届くように説明するのは簡単なことではありません。いきなり、「お前は平和ボケだ!」などと言ったら到底理解してもらえないでしょう。

ですから、まず、「閣議決定で憲法の解釈を変えていい」と認めるのがどういうことか、を考えてみて欲しい、と言うのが順当なのかも知れません。
「一内閣が国の最高法規である憲法を閣議決定だけで変えれる」ということを一度認めて常態化してしまえば、今後、国民主権自体が事実上崩壊してしまいます。
自民党や公明党の都合で、「基本的人権を制限します」、「国民の義務を増やします」、といったことがどんどん出来ることになってしまいます。既にどんどんそういった方向に進行していますし。
下部の法的権限で上位の法律を無視出来るのなら、もう後に残るのは時の内閣や権力者の横暴だけで、法治国家であるということ自体が建前の詭弁に貶められてしまいますよね?
もっとはっきり言えば、国民が非力な奴隷みたいな身分になってしまうということですよ!

ですから、「そういう詐偽行為を、今、この国の政府は常態化させようとしているんだよ、最低限でもね、みんなの力で絶対に集団的自衛権の閣議決定という行為そのものを撤回させなければいけないんだよ」と、そういうところあたりから理解を求めていくしかないのかな、と考えています。
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by catalyticmonk | 2014-07-12 09:18 | 集団的自衛権 | Comments(0)


溢れ出る部分を勝手にやっています。異端者のあなた、多分私はあなたの味方か仲間です。 河元玲太朗


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